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〈第9回〉病理検査分野における展開 臨床検査室におけるAI利用(2)


野坂 大喜(弘前大学大学院保健学研究科/医学部保健学科、弘前大学情報連携統括本部情報基盤センター 兼任)

杉本 亮 岩手医科大学附属病院
 
キーワード
病理診断支援
遺伝子発現データマイニング
 
 前回は血液検査分野における人工知能(AI)の技術研究開発動向を取り上げましたが、同様に医療AI技術開発の先導役を担ってきたのが病理検査分野です。今回は病理診断AI技術開発の推移と現状、今後の展望に触れたいと思います。

◆限界のあった初期のAI技術

 病理診断支援における初期のAI技術は、画像解析アルゴリズムに基づいており、顕微鏡画像から特徴を抽出し、病変を検出することを目的としていました。読者の皆様にも、正常細胞とがん細胞との形態学的な違いを客観的に比較するため、細胞1個1個の面積や長径・短径を手動で計測したり、Image Jに代表される画像解析ソフトウエアで計測した経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 初期の病理診断支援技術は、AIや機械学習(ML)技術がまだ発展途上にあった頃に開発され、アルゴリズムは病理組織画像の基本的な特徴(色、形状、組織パターンなど)を抽出し、がんの存在や進行度を特定するために用いられました。数多くの研究が行われましたが、病理医による診断には程遠く、基礎研究の壁を突破することができず、免疫組織染色標本の定量化が限界でした。

◆ブレークスルーとなったCAMELYON16

 2010年代半ばから後半にかけ、深層学習が病理診断AIにも導入されたことで大きな進展が見られました。そして転機が訪れたのが2016年に行われたCAMELYONです。

 CAMELYONは乳がん患者リンパ節標本における転移細胞の自動検出アルゴリズム開発と評価を目的とした国際的な競技大会です。この大会で、ハーバード大学医学大学院とマサチューセッツ工科大学が開発したAIモデルが、病理医を超える精度でリンパ節への転移細胞を検出することが証明され文献1)、病理診断の自動化に向けた技術的ブレークスルーが起こりました。このCAMELYON16で用いられていたアルゴリズムこそ、前回までにご紹介した畳み込みニューラルネットワーク(CNN)であり、その後のCNNを用いた数々の病理診断支援技術の研究が行われるきっかけとなりました。

◆米国FDAで認可進む病理診断支援AI技術

 国内では病理診断支援AIシステムは認可登録されていないものの、FDA(米国食品医薬品局)は近年、病理診断を支援するAI技術の認可を進めており、臨床現場でのAIの活用が加速しています。以下にFDAが認可した代表的な病理診断AIシステムについて紹介します。Paige Prostateは前立腺がん診断支援を目的としたAIであり、2021年にFDAから認可を受けました。AI解析により前立腺がんの疑わしい領域を強調表示するもので、臨床試験では病理医の診断精度が向上し、診断に要する時間が短縮されたことが報告されています文献2)

 また、Ibex Galen Prostateは前立腺がんおよび乳がんの診断支援を目的としたAIであり、2023年にFDAから前立腺がんの診断支援AIとして認可を受けています。マルチクラス分類が可能で、がんの存在や悪性度を特定するだけでなく、炎症やその他の病理学的特徴も検出可能な診断支援AIとされています。

 このように海外ではすでに実装段階に入っていますが、いずれもデジタル病理スライド画像(WSI)の解析を行い、病変の検出を行っています。国内に病理診断支援AI技術が導入された場合、WSIとAIによる事前解析までを臨床検査技師が行い、その解析結果を基に病理医が病理診断を確定させるという業務フローに変わるとともに、ファーストスクリーニングをAIが担うハイブリッド診断化が進んでいくこととなります。
◆診断支援AI、将来の社会実装への準備を

 がんゲノム医療中核拠点病院が整備され、固形がん治療における遺伝子パネル検査が開始されましたが、ここでもAI技術の活用が期待されています。遺伝子発現データから重要な特徴を抽出して疾患の診断や予測モデルを構築することだけでなく、先ほど示した画像解析と遺伝子解析を融合させたAI解析もまた可能となります。これをマルチモーダルAIモデル()といいますが、遺伝子発現データとデジタル病理画像を同時に解析することで包括的な診断支援を行うことができます。同様にAI技術の1つである自然言語処理(NLP)技術により、遺伝子発現データに関連する大量の文献情報を解析し、新たなバイオマーカーや治療標的を特定することができるので、遺伝子パネル検査もまたAI技術との融合によってより革新的な医療技術へ発展していくことが期待されます。


 このように病理分野ではWSIを利用した画像ベースでの診断支援AIモデルから遺伝子情報や文献情報を融合させたマルチモーダルAIモデルまでさまざまな診断支援AIの社会実装が迫っています。病理検査分野を担当される臨床検査技師は、臨床での利活用が最も早く訪れる可能性を踏まえての準備が必要となるでしょう。

*文献1 Babak E.B., et al. Diagnostic Assessment of Deep Learning Algorithms for Detection of Lymph Node Metastases in Women With Breast Cancer. JAMA. 318(22):2199-2210. doi:10.1001/jama.2017.14585

 
※次回(10月25日木曜日配信予定)の臨床検査室におけるAI利用~細菌検査分野における展開~では、「菌種同定支援創薬支援」などを解説する予定です。
 

野坂 大喜

PROFILE |大学病院勤務を経て現職。医用工学・情報科学を専門とし、病理画像診断システムの開発に携わる。大学発ベンチャー取締役の企業経験も有し、現在は医療AI技術や医療VRの研究を進めると共に、AI社会における言語技術教育に取り組んでいる。


杉本氏

杉本 亮

PROFILE |岩手医科大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科を修了。
現在、附属病院において病理診断の研鑽を続けている。専門は外科病理および消化管病理。特に、消化器疾患の診断精度向上に注力し、精密かつ迅速な診断を目指して日々の診療に従事している。

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