〈第17回〉健康管理への展開、臨床検査室におけるAI利用(10)
- mitsui04
- 5月14日
- 読了時間: 5分

野坂 大喜(弘前大学大学院保健学研究科/医学部保健学科、弘前大学情報連携統括本部情報基盤センター 兼任)
キーワード
スマートデバイス
スマートホームヘルス
セルフメディケーション
前回は、AIを組み入れたスマートデバイスが登場したことでスマートウォッチ外来が新たに開設され、そこで得られる検査データが臨床検査室にどのような変化をもたらすのかを解説してきました。本稿ではスマートホームヘルスとセルフメディケーションにおけるAI利用を解説したいと思います。
◆家族の健康状態を見守るスマートホームヘルス
近年、少子高齢化に伴い独居高齢者が増えており、ホームセキュリティ系企業を中心に、見守りサービスなどの提供を始めています。見守り時のプライバシー保護を考慮する一方で、高齢者の体調急変時は医学的判断が必要になるため、社会的課題となっています。このような社会的課題への一つの方策として期待されている技術がスマートホームヘルスです。スマートホームヘルスとは、AI技術やセンサー技術を活用し、自宅環境全体を健康管理システムに統合する考え方です(図)。
室内環境のモニタリングやバイタルサインの追跡を行い、患者の体調変化に応じて自動的に応急対応や医療サービスを提供することを可能にします。実例をいくつか紹介したいと思います。

◆「パジャマ」「トイレシート」による健康モニタリング
ケンブリッジ大学の研究者らは、洗濯可能な「スマートパジャマ」を開発しています。このパジャマには布製センサーがプリントされており、皮膚の微細な動きを検出して呼吸をモニタリングします。収集したデータは、深層学習AIモデル「Sleep Net」により解析され、鼻呼吸、口呼吸、いびき、歯ぎしり、中枢性睡眠時無呼吸(CSA)、閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)などの6つの睡眠状態を98.6%の精度で識別し、予防的ケアに有用であることが報告されています。
一方、マサチューセッツ大学ではスマートトイレシート(Casana社)による心臓のモニタリングを試みています。このトイレシートには心拍数と酸素飽和度を測定するセンサーが内蔵されており、便座に座るたびに自動計測され、短時間かつ連続性の高いデータが蓄積されます。また、Apple Watchと同様に米国食品医薬品局(FDA)の認可も取得済みとなっています。このようなスマートホームヘルスシステムでは、AIがリアルタイムで健康モニタリング結果から兆候を推定し、異常時には必要に応じて専門家へ通知、医療処置の必要性の判断を仰ぎます。海外では、私たちの生活環境全体が健康モニタリングの場としての利用が広まっており、国内でも前回登場したスマートウォッチ外来にとどまらず、AIを搭載したスマートホームヘルス機器と連携した診療が近い将来進んでいくことと考えられます。
◆セルフメディケーションをサポートするAI技術
セルフメディケーションとは、患者自身が軽度な疾患の治療や薬剤の選択を自己判断で行うことを指します。わが国では、地方を中心に医療資源不足が顕在化しつつありますので、医療機関の適正な利用に向け、セルフメディケーションの適切な実践が必要となっています。
昨今、コンビニでも一部医薬品の購入が可能となっていますが、自身の症状にあった薬の選択や自宅療養の可否を判断するのは難しい場合も多く、AI技術による支援システムが登場しています。それがAI問診システムです。患者が自身の症状を入力すると、最新の医療データや臨床知識を基に、適切な対処法や受診の必要性を判断することができます。こうした仕組みで、症状が軽度であれば市販薬の使用や生活習慣の改善を推奨し、緊急性の高い症状の場合は速やかに医療機関を受診するよう促すことが可能です。
また、AI技術はセルフメディケーションの適正化にも貢献します。例えば、医薬品の相互作用や副作用リスクを考慮したアドバイスを提供する、過去の健康データと照らし合わせて個別最適化された健康管理プランを提案することも可能です。今後はさらにスマートデバイスと連携することで、リアルタイムの健康状態を分析し、セルフメディケーションの判断材料として活用することが期待されています。
◆進化する検査技師の役割、AIとの共存も
AI技術を駆使したスマートデバイスやスマートホームヘルス、セルフメディケーションは、在宅医療の質のみならず従来の診療の質をも飛躍的に向上させる可能性を秘めています。この技術の進展に伴い、検査技師の役割も新たな方向へと進化していきます。従来の検査室内での業務に加えて、データ解析やAIシステムの監督、リモートでの健康管理支援など、幅広い領域での活躍が期待されます。確かに臨床検査室で専用の検査装置を用い、検査技師自身の手で収集した生体データに比べて、スマートデバイスで収集される大量の生体データの信頼性と精度は劣ります。しかし、スマートデバイスには長時間記録データまたは短時間の反復記録データが得られるという長所があり、データの質を踏まえ両者のデータを読み解くには、検査技師の専門知識が不可欠です。
AI技術の導入が進む中で、患者の健康管理をサポートする新たな役割として、検査技師はAIと連携し、診断や治療方針の補助を行うことが今後の鍵となります。AIと共存しながら、より高度な医療を提供するための検査技師の進化が、今後の診療全般の質を左右する重要な要素の一つといえるでしょう。
※次回(6月26日木曜日配信予定)の第18回では、「自然言語処理モデル、画像生成モデル、音声生成モデル」などを解説する予定です。
野坂 大喜
PROFILE |大学病院勤務を経て現職。医用工学・情報科学を専門とし、病理画像診断システムの開発に携わる。大学発ベンチャー取締役の企業経験も有し、現在は医療AI技術や医療VRの研究を進めると共に、AI社会における言語技術教育に取り組んでいる。