top of page

〈インタビュー〉藤野高志さん(いちかわクリニック)「生殖補助医療に感じるやりがいと喜び」

  • mitsui04
  • 2024年7月22日
  • 読了時間: 6分

 インタビュー「きらり臨床検査技師」は検査技師としての本来業務だけでなく、所属施設外で精力的な活動を行っている方、興味深いテーマや研究に打ち込んでいる方、ユニークな資格や経歴を持つ方など、編集部が“きらり”と感じた検査技師を紹介します。(MTJ編集部)

 
 体外受精をはじめとする生殖補助医療は2022年4月から、採卵から胚移植までの一連の基本的な診療が保険適用された。血液細胞(幹細胞)・胚細胞に関する操作は、医師の働き方改革に伴うタスク・シフト/シェアで臨床検査技師が可能な行為の一つに位置付けられた。新たな命の誕生につながる医療の一翼を、臨床検査技師が担う環境が整い始めている。
 いちかわクリニック(福島市、18床)の藤野高志さんは、診療所内の一般的な検査全般のほか、体外受精・胚培養を担当する臨床検査技師だ。生殖補助医療に携わるようになって約30年。受精卵を子宮に戻すまでの育成環境を整えるだけでなく、不妊治療に臨む夫婦との会話を通じて緊張をほぐす役割などもこなし、妊娠が成功したケースでは大きな喜びを分かち合えるという。
 患者の疾患を治療して回復に導く医療と、ヒトの卵子や精子、受精卵を取り扱う生殖補助医療の違いは何か。生殖補助医療に携わるやりがい、そして臨床検査技師だからこそできることなどについて、お話しいただいた。
 
◆受精卵が発育しやすい環境をつくる

―クリニックでは、どのような業務をされていますか。
 いちかわクリニックは産婦人科と小児科、アレルギー科を標榜しており、臨床検査技師2人で、一般検査、尿検査、血液凝固検査などさまざまな検査を実施しています。産婦人科と小児科それぞれに専門医がおり、1995年の開院当初から生殖補助医療を手がけています。検査技師は体外受精や胚培養に携わり、不妊治療のために来院されたご夫婦に対応することもあります。

 疾患を検査、診断して治療するといった一般的な医療と比べると、生殖補助医療は、卵子や精子、受精卵の状態をより良くすることはできない点が特徴だと思います。臨床検査技師にできることは、精子と卵子の状態を悪くしないように質を維持すること、そして受精卵が発育しやすい状態をつくる環境整備が中心です。胚培養に使うインキュベーターの温度や湿度が適切かどうかを確認するなど、機器の管理やメンテナンスには特に気を使います。
―臨床検査技師としてのキャリアは、どのように形成されてきましたか。
 私はUFOの里として知られている福島市の飯野町出身で、小中学校の頃は理科の実験が好きな子どもでした。高校進学で福島工業高等専門学校(福島高専)に進みましたが、工学系に進みたいという希望があったわけでなく、実は高校の吹奏楽部が格好いいと思ったというのが理由です。福島高専では吹奏楽部でパーカッションに励みましたが、卒業する時に一度、福島から離れてみたい気持ちが膨らみました。

 医療職に強い関心を持っていたわけではなく、高専で学んだ科目に近そうだと考えて、宇都宮医学技術専門学校(栃木県、現在は廃校)に進学しました。専門学校だから勉強が楽だろうと思っていたら大間違い。高専では生物を履修していなかったので、最初は勉強がきつかったのを覚えています。ただ、全く分からない状態からスタートしたことが、逆に良かったのかもしれません。学んでいることが新鮮に感じられて、少しずつ理解できるようになって楽しくなっていきました。

 1986年に臨床検査技師となり、獨協医科大学病院に入職し、脳波検査の担当になりました。医師と一緒に特殊な症例の波形を見る機会が多くありましたね。夏休みの時期などは小児患者が多くなるので、待ち時間や検査時に子どもの相手をするのが楽しかった記憶があります。獨協医科大学病院には4年勤務したのですが、両親の希望もあって福島に戻ることになり、市内の大原綜合病院に転職しました。この病院ではさまざまな検査業務に携わり6年勤務したのですが、検体採取から結果報告まで一連の過程を自分の裁量で管理したいと思うようになりました。診療所ならこれを実現できるかもしれないと考えていた時、いちかわクリニックの新規開院を知って、33歳の時に転職を決めたんです。
―生殖補助医療には携わるきっかけについて、教えてください。また、携わってみてどのようなことを実感されましたか。
 いちかわクリニックには産婦人科の専門医がいて、開院当初から生殖補助医療を手がけていました。私は転職してすぐ、体外受精と胚培養の知識と技術を習得するために、名古屋市の施設に約1カ月の研修を受けにいきました。約30年前ですから生殖補助医療に携わっている知り合いは周囲におらず、研修を終えた後も、実際に自分にできるのかどうかがよく分からなかったです。

 最初の1年間に5件ほど担当させてもらって実感したのは、生殖補助医療は妊娠の有無という結果がはっきり示されるものだということです。妊娠という結果が出ると、とても大きな喜びがあります。一方で、成功しなかったケースは、その原因を特定できないことが多いです。受精卵の状態が良くても妊娠に至らないケースもあれば、難しいと感じていた受精卵で妊娠するケースもあります。

 臨床検査技師としてできることは、その時々で求められる作業一つ一つを正確に迅速に行うことに全力を注ぐことしかありません。妊娠に至らないという結果に直面した時に、自分の仕事を振り返って後悔がないように、自分にできることは最大限やり切ったと思えるようにしておくことが大切です。
◆緊張ほぐすコミュ力が必要
―生殖補助医療で臨床検査技師だからこそできる役割などはありますか。
 胚培養などには農学や獣医学など医療職ではない人も携わっています。その中で、臨床検査技師は体から取り出した検体の取り扱いに慣れており、精度管理の知識を備えていることが強みだと思います。臨床検査技師の中でも顕微鏡をのぞくのが好きな人、細かい作業が得意な人は、生殖補助医療の作業に向いていると思います。

 また、臨床検査技師は、医療職の視点で世間にあふれているさまざまな情報を整理し、適切な情報を選んで患者に伝えることができると思います。不妊治療に来られる夫婦は、インターネットなどでさまざまな情報を収集されていることが多いです。さまざまな疑問や不安を解消したいと思っている方が少なくありません。

 私自身も不妊治療中の夫婦から「温泉に入っても差し支えがないでしょうか?」「海外旅行に出かけても大丈夫でしょうか?」などの質問を頂いたことがあります。やはり緊張しながら治療に臨まれる方が多いので、ささいなことが気になったり、どうしても不安が強くなってしまうのだと思います。そうした夫婦に寄り添うように柔らかい雰囲気で接する姿勢が必要で、そのためコミュニケーション力がとても重要になります。場数を踏んで磨いていくことも必要になると思います。
―生殖補助医療の今後について、また、ご自身の目標をお聞かせください。
 約30年携わってきた中で医療技術の明らかな進歩を感じています。今後も研究開発は進み、遺伝性疾患の予防のほか、健康以外の能力や性質を高めるゲノム編集など技術的にはさまざまなことが可能になっていくと思います。しかし、臨床への導入については社会的な議論が必要で、倫理的な観点から注視していくべきだと考えています。患者にとって本当に良い結果をもたらすものなのかという点を、見失ってはいけないと感じています。

 私自身は、生殖補助医療にやりがいや楽しさを実感しています。臨床検査技師に広めて、もっと仲間を増やしていきたいですね。これまで培った経験や知識を踏まえて、臨床検査技師の養成校などでお話しする機会をつくっていけたらと考えています。
2024.06.03_記事下登録誘導バナー_PC.png

その他の最新記事

MTJメールニュース

​株式会社じほう

bottom of page