神戸 翼(永生総合研究所 所長/臨床検査技師)
今回のキーワード
●高齢者雇用
●学び直し、リスキリング
●定年後の生き方・働き方
政府の人生100年時代構想会議第1回の資料では、「2007年に日本で生まれた子どもについては、107歳まで生きる確率が50%もある」と言及されています。これは、2024年に大学生になる子たちがまさしくこの世代です。別の視点では、多くの職業人は40歳という節目を迎えると徐々に定年後の生活を考えることが増えると言います。そもそも定年後に安心して生活を送ることができるのかという問題です。このような時代を迎え、今回は改めて高齢者の雇用について考えてみたいと思います。
◆高齢者雇用を考える必要性
まずは、職場側のニーズですが、2045年の15~65歳人口は、2025年比で約1478万人減少し、79.8%になると予測されます(筆者調べ)。この労働力の減少に加えて、働き方改革という労働時間の規制もあり、各業界や組織ではどのようにしてマンパワーを確保していくかという問題に直面しています。政府においては、AI・ロボットなどのDX、外国人雇用、タスクシフト・シェア、高齢者雇用など多角的な施策を進めている現状です。中でも高齢者雇用については、定年制の引き上げや再雇用制度の推進など、行政による支援が行われ、今後さらにその動向が注目されています。
一方で、働く高齢者側に立ってみると、例えば、公立病院勤務で定年65歳を迎え、安定した退職金と年金毎月約20万円、持ち家のローンは返済済みであれば、追加で収入を得る必要はないかもしれません。しかし、全ての高齢者がそのような状況にあるわけではなく、環境変化が激しい時代には、不安定な年金制度、病院の廃業やM&A、検査室のアウトソーシングによる転職、地価・物価・賃金の変動、自然災害も想定されるため、定年後も収入が必要となる人は少なくありません。また、金銭的な必要性を感じない人にとっても、定年によって「目的を持って活動する」という生きがいを失うことは、認知症などのリスクにつながり、特に単身世帯が増え続けている現代において、この問題は深刻です。
医療業界で言えば、すでに定年制を廃止した地方の病院が出てきており、定年年齢の引き上げ、継続雇用の仕組みを整備する病院が増えてきています。その一方で、かねてから夢であった事業を行うために起業する方や、専門性を生かしたアドバイザーやコンサルタントへの転身、大学院での学位取得後に教職に就くなど、多様なキャリアパスを選択する方も出てきました。
◆労働機会を広げる学び直し
ポイントは、「80歳まで働ける準備はできているか」ということと、そのための学び直しです。現在、多くの大学では、社会人のリカレント教育を実施しており、決まった手続きを経ることで学費の減免などが受けられるようになってきました。また、リスキリング(新たにスキルを獲得していくこと)にも国の予算が配分され、組織だけでなく、個人に対する金銭的支援も拡充されています。そして、キャリアコンサルタントの養成とその活用促進として、総合大学などでは学内でキャリア教育を実施し、そこにキャリアコンサルタントが関わり、理論と実践がひもづき始めてきました。
一方で、臨床検査技師業界では、養成学校での体系的なキャリア教育は進んでおらず、キャリアコンサルタントの関わりは薄く、就職説明会が単発的に行われていることが多いようです。この背景には、養成学校という呼び方の通り専門職を育てるという歴史的かつ制度的な部分等がありますが、今後は急速に環境変化への順応が求められるのではと予想されます。加えて、現役技師向けのキャリア教育については、現状では所属する医療機関、技師会ともに、ほぼ実施されていないように聞いています。
その傍ら、私が委員長を務める日本臨床衛生検査技師会・医療技術部門管理資格認定制度では、大学院と契約を交わし、認定取得のためのe-learningを大学院の科目受講に置き換え単位取得が可能になっています。また、認定取得後は、国の補助制度と認定者割引を使うことで、非常に安価で大学院通学・修士号取得までつながる仕組みを作っています。このように技師会においても、臨床検査技師の新たな価値創造に向けた学び直しの機会を提供しはじめており、今後は養成学校と協働したキャリアパスの検討も進んでいくのではと期待をしています。
◆定年後も活躍する技師ホルダーになるために
定年後を見据えて、まずは新たな働き方や生き方を考えてみると良いです。現在、技師のキャリア形成を応援し、わくわくする技師ライフを送れるように、技師キャリアデザインボードゲームプロジェクトが走っています。日本初の臨床検査技師を題材としたボードゲームで、それを使って技師キャリアを仮想体験する中で、新たな可能性を参加者自らで発見できるユニークなゲームです。主に技師を目指している学生や若手技師を対象にして開発されましたが、幅広い世代でも活用できると思います。手軽で楽しみながら学べるアプローチは、同僚や技師会仲間と共に探求する良い出発点になるのではないかと思っています。
別の視点では、自身の専門領域を突き詰める中で、講演や執筆活動などの兼業・副業を始めることも大切です。別の収入源という意味だけではなく、社会背景や課題などへの自身の考えが整理され、自分自身を多くの方に知ってもらう機会となります。また、技師会や学会運営などの組織外活動にコミットすることも重要で、新たなチャンスは人とのつながりの中から生まれます。時に思わぬタイミングで新たなポストに繋がることがありますが、これらはセレンディピティ(幸福な偶然を引き寄せる力)と呼ばれます。さまざまなことに興味を持ち行動量を増やす、人と接する機会を増やす、オープンマインドなどが鍵と言われています。
そんなわけで、定年を迎えてからではなく、むしろ40代、50代のうちに定年後を意識し行動すること、さらに言えば、20代、30代から「こんなことをしてみたい」「こんな人になりたい」を持つことが、人生100年時代、80歳まで生き生きと技師ライフを送るために重要ではないかと思います。一人一人が持つストーリーと想いを尊重し、応援し合う文化を創っていきましょう。
(MTJ本紙 2024年5月1日号に掲載したものです)
神戸 翼
PROFILE |慶應大学院で医療マネジメント学、早稲田大学院で政治・行政学を修め、企業、病院、研究機関勤務を経て現職。医療政策と医療経営を軸に活動中。
Comments