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〈第10回〉医療従事者の賃上げ編


神戸 翼(永生総合研究所 所長/臨床検査技師)

 

今回のキーワード

ベースアップ評価料

給与の実態と賃上げ

医療機関の経営と新たな働き方

 
 2024年より6月1日施行となった診療報酬改定。その目玉施策の1つが、医療従事者の処遇改善を目指したベースアップ評価料です。言い換えれば賃上げ点数とも呼べるもので、今回はその背景と臨床検査技師の賃金実態、そして賃上げの今後について整理をしてみたいと思います。

2.5%賃上げ政策の背景は

 ウクライナ侵攻は日本国内への輸入品のコストを上げ、これはエネルギーや原材料だけに留まらず、スーパーに並ぶ食品など身近なものの値上げの動きにまで広がりました。このような状況を打開するために政府が掲げたのが賃上げ政策であり、国民の購買力を高めることで、企業が安心して投資活動を行い、回り回って物価の好循環へ繋げるというものです。政府は、2024年に5%以上の賃上げを目標とする方針を掲げ、経済界と協力して推し進めた結果、2024年春の賃上げ率は5%超えという約30年ぶりの高水準となりました。一方で、これは大企業が中心であり、中小企業においては未だ課題が残っており、これらを持続していく難しさもあります。そして、自ら価格設定ができない医療業界も当然ながら対象であり、医療従事者個々の賃上げをいかにして行なっていくのかという課題があります。そのような背景から、今回の診療報酬改定では2024年に2.5%賃上げ可能な報酬点数を設定しました。翌2025年も2.0%以上の賃上げができるように支援策を進めるとされています。

臨床検査技師の賃金実態


 臨床検査技師の給与については、政府統計を基に層別に確認してみます(表)。まず、年齢別の所定内給与額(月額給与)および年間賞与は年齢を重ねるほどに増加し、60歳を境に減少します。これは60歳での定年や役職定年が影響していると考えられます。また、経験年数別より、年数が増えるほどに月額給与と年間賞与が上昇し、年齢別の傾向と合わせて、日本の年功序列型人事制度の影響が色濃く出ています。技術職でありながらもスキルに応じた報酬体系の設計が難しいのがみて取れます。

 性別に関しては、女性の月額給与と年間賞与が男性に比べて低く、継続年数の違いがその背景にあると推測されます。規模別では1000人を超える医療機関が月額給与・年間賞与ともに高く安定しており、10~99人と100~999人との比較では、月額給与に大きな差はないものの、年間賞与が大きく違います。経営主体別では、国や自治体、公的病院にて、給与年額・年間賞与ともに高く、民間である医療法人とは約150万円近い差が出ていることが分かります。

 そして、賃金構造基本統計調査における全145職種の中において、男性の臨床検査技師は月額給与が53番目に高く、勤続年数は84番目に長くなっている一方で、女性においては、月額給与は34番目に高く、勤続年数は18番目に長いというデータとなっています。さらに医療15職種中でも、准看護師に次いで2番目に継続年数が長いというデータもあり、一定レベルの続けやすさがあると考えられます。相対的にみて、臨床検査技師は女性の中でも魅力的な職種の1つと言えそうです。


実際にどのくらい賃上げされる?

 このような現状を受けて6月より始まるのがベースアップ評価料で、臨床検査技師も対象となります。この診療報酬項目は、賃金表の改定を通じて賃金水準を引き上げ、基本給の増額を実現し、連動して賞与も増額されるというものです。また、賃金表がない場合でも、給与規定等に定める基本給を引き上げることとなります。施設側では賃上げ計画や事前の施設基準申請、事後の報告書提出などいくつかの要件がありますが、政府はすべての医療機関がこの点数を取得し、賃上げを行ってもらうことを想定しているため、現場の臨床検査技師の多くはこの恩恵を受けることができると考えられます。ただ、医療機関によっては診療報酬がゆえに取得せず、人材獲得競争に負ける施設や医療機関の持ち出しで賃上げを行い経営悪化するケースも想定されます。

 実際の2.5%賃上げ効果については、年収467万5000円(月収31万1000円、賞与94万2000円)の例で見ると、月額約7800円、賞与では約2万3000円の賃上げとなり、トータル年間で約11万7000円、年収としては約479万2000円となりそうです。ちなみに医療分野では、翌2025年も2.0%以上の賃上げを目指す政府方針で、これは年約9万3000円の賃上げ、2.5%とトータルで年収約488万5000円となる計算です。この結果からすると、物価高騰を払拭する国民の購買力向上については、少なからず効力を発揮するのではと予想されます。一方で、医療経済実態調査では医療技術職の給与は微減傾向にあり、2010年の平均給与が約488万6000円だったことからすると、約10年前の水準に戻っただけと考えることもできます。

 医療機関は、すでに自助努力だけでは給与を上げることが難しい現状です。引き続き職能団体の働きかけと、医療現場が兼業や副業規定の緩和も含む新たな働き方を促進する必要性もあるのではと個人的に感じています。皆さんは技師の今後の給与についてどのように感じていますでしょうか。

(MTJ本紙 2024年6月1日号に掲載したものです)

 

神戸 翼

PROFILE 慶應大学院で医療マネジメント学、早稲田大学院で政治・行政学を修め、企業、病院、研究機関勤務を経て現職。医療政策と医療経営を軸に活動中。

2024.06.03_記事下登録誘導バナー_PC.png

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