神戸 翼(永生総合研究所 所長/臨床検査技師)
今回のキーワード
●増加する職業紹介事業者
●高額な紹介手数料
●win winな労使関係
医療従事者の転職において欠かせないサービスの1つが職業紹介事業です。医療機関と医療者をマッチングするこの仕組みは、職業安定法を根拠に規制がされています。この事業の提供者は、ハローワークなどの公共サービスだけでなく、多くの株式会社が参入し、ビジネスとして利益を生み出しています。一方で、医療機関側からは紹介手数料や早期離職などの不満も少なくありません。今回はそんな職業紹介事業について、考えてみたいと思います。
◆職業紹介が求められる背景
労働集約型産業とは、主に人間の労働力に依存し、人件費の比率が高い産業を指しています。代表的な例として農業や流通業があり、ホテルや病院などのサービス業も含まれます。近年、技術革新により多くの業界で変化がみられますが、医療が人間の労働力に依存するモデルから脱却することは未だ難しいです。その意味でも医療のモデルは、如何にして人材を質・量ともに確保することができるかという不変的な課題と寄り添っています。つまり、これまでもこれからも一番大きな課題は医療従事者の確保であり、現在最も注視されるべき点が人口減少であることが分かります。加えて、社会の成熟に伴い働き方と働き場所の選択肢が増え、より良い環境を求める人が増えてきました。また、情報収集が容易になることでこの傾向はさらに促進されています。
医療分野は正にこの影響を大きく受け、余分に費用を払ってでも人材を確保するという局面にあります。そして、そのような需要をいち早く察知し、ビジネスとして成功させる有料職業紹介業が増加しており、2022年度には事業所数は2万8000を超えています。
◆職業紹介事業に対する医療現場の声
職業紹介事業は人材を斡旋する業態で、その歴史を辿ると、植民地時代や古代ローマの奴隷制など、長く暗い歴史を持っています。このような背景もあり、人材を斡旋するサービスには、国際条約や各国の法制度に基づく厳格なルールが設けられています。日本では、民間事業者が主に行う有料職業紹介事業と公的機関が主に行う無料職業紹介事業の2つに分かれ、許可・届出の仕組みが存在します。また、職業紹介をしているのか、求人情報を載せているだけなのか(募集情報等提供事業者と呼び、2022年改正より一部届出制)など、「斡旋する」という言葉をどのように解釈し、実践するかによっても変わってきます。なお、医療従事者に馴染みの深い学校も届出することで無料職業紹介事業を行うことができます。
医療分野では、ハローワーク(無料職業紹介所)や人材紹介・派遣会社(有料職業紹介事業所)の利用が目立つわけですが、最近特に話題となっているのは、紹介手数料の問題です。これは人材が紹介され就職することで医療機関が支払う費用で、就職する医療者個人には還元されません。福祉医療機構の2020年の調査によると、人材紹介会社を利用した病院は調査病院328施設中73.5%に上り、平均手数料は、医師が352万円、看護師が76万円、臨床検査技師が75万円で、年収の約2割程度を占めています。本来、病院のホームページでの求人募集であれば、手数料は発生しないわけですが、紹介会社を利用することで病院経営を圧迫していることが分かります。
ちなみに、全国の医療・介護人材紹介手数料は年間約1200億円(2021年度)で、これは医療費・介護給付費の0.2%に相当します。直近の診療報酬改定率+0.88%(国費約800億円)と比較しても相当な金額であることが分かります。そのほか、紹介された人材の質が保たれていない、短期間で転職を繰り返すケースも報告されています。このような現場の声がある一方で、企業側では退職代行サービスやその他医療機関向けサービス、医療者個人向けサービスとの抱き合わせで職業紹介事業を新たに始める動きが続いています。
◆人材確保と医療従事者の心構え
このような実態を受けて、厚生労働省では手数料等の情報開示義務や返戻金制度の推奨、就職後2年間の転職勧奨の禁止、就職お祝い金等の禁止、適正な職業紹介事業者の基準策定と認定事業者の公表などを行ってきました。これらは民間事業者の許認可に踏み込む抜本的なものではありませんが、医療現場や医療従事者個人にとってフレンドリーな職業紹介事業者を増やし不幸なミスマッチを防ぐための制度改正と言えます。
一方で医療現場側の心構えも必要です。医療従事者は、適正な紹介会社を吟味し、現場の様子が分かるミスマッチの少ない求人情報を選ぶなど、より賢い求職者となる必要があります。ここには求職者に向けた職能団体による教育的アプローチも有効で、学生のうちから求人情報を読む力を養うことで将来の生きやすさに繋がります。そして何より重要なのは、求人を出す医療機関および検査部門としての人材リテラシーの向上です。紹介会社に頼らず、魅力的な職場環境づくりを行っていくというスタンスが求められます。他業界の成功事例を検討し積極的に取り入れ、自院の職場環境や教育制度、職員の顔が見えるインタビュー記事など分かりやすい発信を行うことで、求職者へ魅力を届けていくことが必要です。
◆臨床検査人材エコシステムに向けて
人材確保は、採用と離職という2つの面があります。離職率を0にすることは理想ですが現実的には難しく、逆に新しい風が入ってこなくなる懸念もあります。ある程度の流動性を保ちつつ、医療従事者と医療機関がwin winな労使関係を作っていくことが重要です。そして、民間の職業紹介事業者に依存しすぎず、必要に応じて適切に利用するリテラシーを持って、さらには施設を越えて臨床検査業界全体で人材エコシステムを構築していくことも今後の方向性の1つとなります。人材の問題は、医療にとって最も重要で緊急性の高いものです。このような医療現場の一番の課題について、臨床検査業界から新たなモデルを提唱できないかと筆者も日々考えています。
(MTJ本紙 2024年7月1日号に掲載したものです)
神戸 翼
PROFILE |慶應大学院で医療マネジメント学、早稲田大学院で政治・行政学を修め、企業、病院、研究機関勤務を経て現職。医療政策と医療経営を軸に活動中。