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〈第12回〉医師の偏在対策編


神戸 翼(永生総合研究所 所長/臨床検査技師)

 

今回のキーワード

医師偏在の原因

医師偏在対策の取り組み

検査技師の人材不足との共通点

 
 少しずつ顕在化してきた地方における臨床検査技師が集まらない問題。今回はそのヒントを探るため、今医療界で最も注目されている「医師の偏在対策」を取り上げたいと思います。

医師偏在の実態

 日本にはさまざまな医療系職種が存在しますが、医師でなければ医業をなしてはならないと法律で定められ、医師の医学的判断を前提に医療が行われています。その意味でも、医師の存在は地域インフラとしてだけでなく、地域住民の安心感にも寄与し、医師が特定地域や専門性に偏ってしまう「医師偏在の問題」は大きな社会課題となっています。

 一方で、一県一医大構想(1973年)の取り組みがあったように、日本は以前よりこの問題に向き合ってきました。そして現在、国は医師偏在を把握するため、地域ごとの医療ニーズや人口構成、医師の性年齢構成などを考慮し、指標を算出・提示しています。直近の2024年1月10日の医師偏在指標によると、医師多数区域として東京都、京都府、福岡県、岡山県、沖縄県、徳島県、大阪府などが挙げられている一方で、医師少数区域としては岩手県、青森県、新潟県、福島県、茨城県、秋田県と続いています。特に東北地方が全国的に医師が少なく、日本全体では西高東低が医師偏在の特徴です。この指標は都道府県内の医療圏別方針策定にも用いられるわけですが、実は東京都でさえ医師少数区域に該当する2次医療圏が3つあり、医師偏在はあらゆる地域で課題となっていることが分かります。

偏在の原因を考える

 医師偏在が発生する原因には、いくつかのポイントがあります。1つ目は各都道府県の医学部定員で、地域に根付いて診療を行う医師を育成できているかです。2つ目に、専門医の育成に必要な症例数を確保できる医療機関の存在です。そして、3つ目として専門医取得後の医師が魅力を感じる病院と生活環境の問題です。ここには医療機関の努力だけでなく、地方自治体による魅力的な街づくりも求められ、地元に帰らない医師が増えることで、診療所や中小規模病院経営者の世代交代がうまくいかないという問題も出てきています。

 そして、昨今では上記のような地域偏在に加えて、専門性偏在という問題があり、身体的および精神的に負担が少ない診療科や美容整形などの保険外診療を選ぶ医師も増えてきています。また、病院と診療所間の偏在という新たな指摘では、病院勤務医が診療所経営などに移行する流れについて、政府の中でも注視しています。

 こうして原因を並べてみると、医師偏在は非常に複雑で一筋縄ではいかないことが分かってきます。

関係者で取り組む偏在対策

 厚生労働省では、地方自治体や医師会、病院団体、大学などと協力して、多角的な対策を講じています。政府の骨太方針2024には、都道府県ごとの医師確保計画の深化、医師養成過程での地域枠の活用、大学病院からの医師派遣、総合的な診療能力を有する医師の育成、リカレント教育の実施、経済的インセンティブによる偏在是正、医師少数区域などでの勤務経験を求める管理者要件の拡大など具体的な内容に言及し、医療政策の一丁目一番地に据える姿勢が見てとれます。以下、既存の重要な取り組みを3つご紹介します。

 1つ目は医師確保計画です。これは医師偏在の是正と医師確保に向けたアクションにつなげるべく策定され、短期的・中長期的に目標医師数を確保するために3年ごとに見直されます。具体例として、地域の医学部定員を10人増員する、医師多数区域から医師少数区域へ10人の医師派遣をするなど、地域医療対策協議会での議論を経て進められます。なお、地域医療対策協議会は、地方自治体、大学、医師会、主要医療機関が集まり各種調整を行っています。

 2つ目はキャリア形成プログラムです。これは医師不足地域における医師の確保と派遣医師の能力開発などを目的とするもので、対象は地域枠や地元枠などで卒業した医師が対象です。大学在学中からの卒前支援プランに加え、卒後は都道府県内で不足する診療領域を中心にローテーションをしながら専門性を培っていく9年以上のプログラムとなっています。また、プログラム満了を修学資金の返還免除要件などに設定しています。

 3つ目は医師少数区域経験認定医師制度です。これは医師少数区域での6カ月以上の医療機関勤務経験に対して厚生労働相が認定するもので、地域医療支援病院の管理者(いわゆる院長)となる資格が付与されます。また、医師少数区域での診療所等開設の融資優遇がされ、スキルアップを目的とした研修等補助(受講料や旅費、医学書購入費など)なども受けられます。

 なお、偏在対策に関連して「そもそも医学部定員を削減せずに医師をどんどん輩出する策は取れないのか」という意見もありますが、日本医師会や全国医学部長病院長会議では、1人の医師を育てるのに1億円の費用がかかり、国公立医学部は多くが税金で、私学医学部でも年間20億~60億円近くが国からの補助金であると述べています。その意味でも、無尽蔵に医師を育てることができない状況です。

臨床検査業界が医師偏在対策から学ぶこと

 ここまでを整理すると、地方での医師不足は偏在が原因であり、大学定員や卒後の専門教育体制、魅力的な医療機関、地域環境、診療科偏在(専門性の偏り)などがキーワードとなります。これは臨床検査技師など医療技術職の人材不足や偏在にも共通する可能性が高く、その意味でも既存の医師偏在対策が参考となりそうです。地方自治体や職能団体、病院団体、養成学校の協働とプラン策定、地域枠やキャリア形成プログラム、技師派遣の仕組み、経済インセンティブ、認定制度とマネジメント職の連動など、いくつかのヒントがあります。

 すでに一部の地域では臨床検査技師が集まらないという声が上がっており、人口減少がこの問題を加速させています。見かけ上の充足がふたを開けると地域偏在や専門性偏在しているということもあり得ます。医療機関の努力で乗り切れるのか、地域の仕組みで乗り切るのか。考える時期にあるかもしれません。

(MTJ本紙 2024年8月1日号に掲載したものです)

 

神戸 翼

PROFILE 慶應大学院で医療マネジメント学、早稲田大学院で政治・行政学を修め、企業、病院、研究機関勤務を経て現職。医療政策と医療経営を軸に活動中。

2024.06.03_記事下登録誘導バナー_PC.png

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