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〈第18回〉全国医療情報プラットフォーム編

  • kona36
  • 6月9日
  • 読了時間: 5分

神戸 翼(永生総合研究所 所長/臨床検査技師)

今回のキーワード

政府が掲げる医療DX

全国医療情報プラットフォーム

効率化と医療の本質

 社会変化が医療に大きな影響を与える中、政府が推進する医療DXが注目されています。医療DXは救世主となるのか、それとも脅威となるのか。今回は、医療DX3本柱の一つ「全国医療情報プラットフォーム」を通じ、未来の医療を考えてみます。

医療DX、国家レベルの課題に

 国による医療DXの本格テコ入れは、2022年のいわゆる骨太の方針にあります。「全国医療情報プラットフォームの創設」「電子カルテ情報の標準化等」「診療報酬改定DX」の3つの柱が明記され、首相を本部長として「医療DX推進本部」を設置すると言及されました。これを機に、厚生労働省内の「医療DX令和ビジョン2030推進チーム」が動き出し、これまで医療DXと言っても何かふわふわした感じで、定義も不明確な部分を感じていた業界側も目の色を変え始めます。厚労省が提示した定義では、紙を電子化することやプロセスを効率化するというレベルではなく、「デジタル技術によって、ビジネスや社会、生活の形・スタイルを変える」つまりトランスフォームさせるとされました。この背景には増え続ける社会保障費と、地方から顕在化し始めた人材不足、そして今般のコロナ禍で浮き彫りになったデジタル行政の遅れとデータ活用の限界があり、改めて国家レベルで対処すべき課題と判断したと言えます。

 一方で、このような変革を進めるためにハードルがあるのも事実です。医療現場では紙ベースの記録が長く使われており、アナログ運用を貫く流れも存在します。「現状を維持したい」という人間の本質的バイアスに加え、システム導入・維持にかかるコストとノウハウ不足が主な理由になっているようです。これに対して、厚労省の医療DXでは「電子カルテ情報の標準化等」に内包される形で、クラウド型標準電子カルテの国主導の開発と、未導入施設への配布スキームが検討されています。また、「診療報酬改定DX」ではシステムベンダーと医療機関の負担軽減を目指し、業界全体としての人的資源の効率化を図る意図があります。そして、これらと連携して「全国医療情報プラットフォーム」の実現を目指しているのです。

全国医療情報プラットフォームの期待と課題

 全国医療情報プラットフォームの将来像は、単なる検査データや処方歴が共有される社会ではありません。マイナンバーとマイナポータルを基軸に、医療・介護・行政が扱う情報、個々人が記録する歩数や血圧などのライフログ情報も含めたプラットフォームがどのように構築できるかを検討してきました。これが実現することで、救急医療や災害医療、医療介護間の移行など、これまで特定の施設でしか利用できなかった情報が全国どこでも利用可能となり、効率的で質の高い医療・介護インフラが実現できると期待されています。

 また、保険請求や行政手続きといった事務処理の効率化により、人的負担の軽減やAI活用が進むことが見込まれます。個人にとっても、向上した行政サービスの恩恵が受けられるほか、健康診断やワクチン接種情報の円滑な共有を通じて、疾病予防や適切な受診サポートが強化されます。そして、蓄積されたビッグデータは、新薬の開発や公衆衛生、医学・産業の発展に大きく貢献することが期待されています。

 一方で、この取り組みには課題も多く存在し、扱う情報が個人情報であるため情報漏洩のリスクが懸念され、情報管理システムは統一性がなくバラバラです。そして高額なシステム構築・運用費用の問題もあります。国としては、これらも含めた法整備、制度改正に向けて、しっかりとした議論と国民の賛同が必要となっています。

 まずはスモールスタートで、医療については診療情報提供書、健診結果報告書、患者サマリーに加えて、臨床情報としての傷病名、処方、薬剤アレルギー、その他のアレルギー、感染症、検査(救急時に有用な検査、生活習慣病関連の検査)という部分から進められる予定です。臨床検査技師にも深く関与する重要施策であることは言うまでもありません。

データ活用とその先の未来

 このような情報プラットフォームのポイントは、一人の人間の生涯データを収集・活用できる点です。このデータはビッグデータとして統計分析され、健常人や患者の臨床データと組み合わせることで、個々の患者に合わせたオーダーメード治療につながる可能性が高いです。言ってみればEBMの究極形のようなもので、治療成績や疾患別死亡率にも良い影響を与える可能性があります。加えて、2024年10月の米国医学誌「JAMA」に掲載された研究では、大規模言語モデル(LLM)による診断推論が、医師単独による診断推論を16%上回る精度を示したことが報告されました。こうしたデータとAIを活用した未来の医療は、数値に基づく効率的で質の高い医療を実現できる可能性が考えられます。

 しかし、全ての医療プロセスがデータで効率化され、人間の関与が最小限に抑えられたものは、患者が本当に求める医療でしょうか? 現在に生きるわれわれは、医療はサービスであり、ホスピタリティが重要であることを知っています。他分野では人間による高品質なおもてなしに対して価値を見いだすサービスがすでに存在します。将来的には、人間が中心となる医療に加算というインセンティブが付き、ロボットやAIによる医療が通常の報酬で運用される世界が訪れる可能性は否定できません。そのためにも「医療の本質とは何か」という根本的な議論を進める必要があります。医療者一人一人がこのテーマについて深く考えていくべき時代は、すぐそこのように感じています。

 最後に、上述のLLMに関する研究では、医師がLLMを「診断補助」として利用した場合と利用しなかった場合も検証され、診断精度に大きな違いは見られなかったようです。つまり、LLMが優れた結論を医師に提示しても、結局は医師が「Yes」と言わない構造が存在する可能性もあります。この場合はLLMのブラックボックス化が関係しそうですが、LLMを臨床検査技師と置き換えた場合はどうでしょうか。医師は自身の結論を変えるのか。データか、信頼か。興味深いテーマだと筆者は感じています。

(MTJ本紙 2025年2月1日号に掲載したものです)

神戸 翼

PROFILE 慶應大学院で医療マネジメント学、早稲田大学院で政治・行政学を修め、企業、病院、研究機関勤務を経て現職。医療政策と医療経営を軸に活動中。

2024.06.03_記事下登録誘導バナー_PC.png

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