〈レポート〉「ベッドサイドでエコー」を拡充 株式会社麻生 飯塚病院 株式会社麻生 飯塚病院(福岡県飯塚市、1048床)の中央検査部が2024年1月から、入院患者のベッドサイドで超音波検査を行うポータブル検査を拡充させた。目的は、タスクシフトによる病棟看護師業務の負担軽減。TQM(総合的品質管理)の手法を使って必要性の高い2つの病棟に対象を絞り込んだ上、ベッド搬送となる患者に対し、除外すべき検査項目以外は原則、検査室から病棟に検査装置を運んで検査する。1人で病棟に向かう検査技師の不安を解消する対策も講じた。特定のベテランだけではなく、若手を含む生理検査室全体で病棟業務に関わる新たなアプローチとなっている。 飯塚病院 中央検査部には、病理検査や微生物検査、検体検査、生理検査、特殊分析の各室があり、所属する臨床検査技師は72人。1日400〜600件ある外来採血も検査技師が中心で、職員の力量と患者の採血難易度を5段階で評価しマッチングさせるシステムを企業と組んで開発した。待ち時間平均15分以内、失敗率1%台を維持できているのはその効果だという。 循環器疾患に強い病院の特徴を反映し、超音波検査を担当する18人は大きく、心臓とそれ以外(腹部・血管・体表)の2つの領域に分かれる。通常、病院2階にある生理検査室のブース10室で超音波検査を行うが、ポータブル検査の対象病棟には検査技師が検査装置と共に出向き、ベッドサイドで検査する。 ポータブル検査は、医師から依頼があれば以前も行っていたが、今年1月の拡充以降、対象病棟での件数はそれまでの月13件から月40件(2024年2月実績)に増えた。検査室と病棟の往復に平均24分かかることから、看護師から検査技師へ月計960分のタスクシフトが行われている計算になる。◆TQMの手法を活用 飯塚病院は全国でも数少ない企業立病院の一つで、企業経営の考え方が組織に根付く。医療の質の向上を目指してTQM活動に30年以上前から取り組み、2022年には世界最高ランクのデミング賞を受賞した。 病院は2023年度の事業目標に「医師の働き方改革」を据え、タスクシフト・シェアを推進する方針を掲げた。毎年、病院目標にのっとって院内各部署が事業を立案し実践する。中央検査部は検査部長や技師長ら管理職が中心となり、ポータブル検査の本格実施を部署目標に設定した。 入院患者の生理検査は基本的に検査室で行っている。重症者はベッド搬送となり、病棟と検査室を往復する看護側の負担は小さくない。複数のベッドが検査室に到着すると渋滞の待ち時間が発生し、看護師不在下で患者急変リスクに検査技師が直面する。看護、検査双方の負担が大きく、中央検査部の犬丸絵美技師長は「以前から悩みの種だった」と話す。装置と一緒に検査技師が移動する(写真は検査室に帰着したところ)(左から)井上主任、犬丸技師長、川野副技師長 川野和彦副技師長をトップに、ポータブル検査の推進チームを検査技師13人で組織し、現状の把握と検査上の課題という大きく2つの方向から検討を始めた。活用したのはTQMの手法。実務面の中心になった主任の井上佳奈子氏は、「理路整然と進めたかった。TQMを活用することで理論立てて課題を解決できる」と説明する。TQMでは、数値目標を設定し、取り組みの達成度を後から振り返ることも欠かせない。◆病棟検査の必要度を点数化 全病棟に検査技師が行けるほどの余裕はなく優先順位を付けざるを得ない。どう選ぶか。推進チームは、病棟患者における現状把握を行い、搬送方法やシリンジポンプの有無、酸素投与の有無など9項目を点数化した。自己歩行や車いすで移動可能な患者が多い病棟を除き、合計スコアが高い上位4つの病棟を選び出した。その上で、実際に1カ月間にわたって試験運用し、最終的に、HCU(ハイケアユニット)のある救急系、SCU(脳卒中ケアユニット)のある脳神経系の2つの病棟を選んだ。 検査上の課題もあった。検査室に比べて病棟は照明が明るく、しかも手狭なベッドサイドでは、検査所見の見落としへの不安がつきまとう。多忙な病棟看護師にカーテンを閉めたり体位変更をお願いしたりすることにも戸惑いがある。推進チームがアンケートをすると経験年数にかかわらず75%の検査技師が不安を感じる症例を経験。検査の際、病棟スタッフに協力依頼を言い出せなかった経験のある技師も6割近かった。不安の多くは「明るさ」に起因した。 推進チームは検査技師が抱える不安の要因を洗い出し、解決策を詳細に検討していく。その結果、ポータブル検査できる検査項目や依頼内容を明確化するため「ポータブル検査基準」を作成し、病棟スタッフへの協力依頼項目の一覧を作り病棟看護師と共有した。ポータブル検査から除外すべき項目を下記の通り設定した。【ポータブル検査の除外項目】(検査室での実施が望ましい検査項目)●心エコー=感染性心内膜炎、弁膜症術後、心内血栓(理由:詳細な観察が必要なため)●腹部エコー=腹腔内膿瘍、腸管(理由:見落としやすく数人での観察が必要な症例が多い)●血管エコー=仮性動脈瘤、マーキング(理由:数人の検査技師が必要)●体表エコー=関節(理由:座位での検査が必要、検査できる技師が限られる) その上で、ベッド搬送となる患者に対し除外項目以外は全てポータブル検査を行うと、取り組みの評価基準を設定した。 対策実施後、今年2月の4週間の状況を検証したところ、ポータブル検査の実施件数は、救急系の病棟が19件(心エコー14件、腹部・血管・体表エコー5件)、脳神経系の病棟が21件(14件、7件)となった。期間中、検査室での超音波検査が3件あったが、医師からの指示や転棟途中での立ち寄りによるもので、「ポータブル検査100%」の目標を達成。犬丸技師長は、「除外項目以外のポータブル検査が維持できており、一定の評価をしている」と受け止める。 看護側からも評価する意見が出ている。対象病棟の看護師の77%が「負担軽減になった」と回答し、「常に患者状態を観察できる」「患者対応やケアが行えた」など肯定的な意見が多い。こうした結果から中央検査部では、「看護師のベッド搬送業務をタスクシフトすることで看護業務の充実を図ることができた」と結論付けた。 井上氏は、ポータブル検査に対する看護師の理解が深まったことが一番の成果だと話す。「こうすれば検査技師が楽に検査できるとか、そういう理解が深まった」とし、看護と検査の連携が高まった効果を強調している。◆病棟に活躍の場 これからの展望はどうか。犬丸技師長は、対象病棟の拡大とともに、検査技師による病棟での検体採取を構想している。検体が凝固していたりして再採血になれば患者にとって不利益が生じ、患者満足度を下げる要因になる。血液培養や皮膚などの検体採取を検査技師が担えれば検査の質は向上する。 「検査技師が検査に関して病棟で活躍する場があるように思う。それにより看護側のタスクも減らすことができる」。中央検査部の人員には限りがあり、増員もすぐには難しい。だがタスクシフト・シェアの流れを捉え、検査技師の活躍の場をさらに広げられないか、その可能性を探るつもりでいる。生理検査室の皆さん(MTJ本紙 2024年7月11日号に掲載したものです)
株式会社麻生 飯塚病院(福岡県飯塚市、1048床)の中央検査部が2024年1月から、入院患者のベッドサイドで超音波検査を行うポータブル検査を拡充させた。目的は、タスクシフトによる病棟看護師業務の負担軽減。TQM(総合的品質管理)の手法を使って必要性の高い2つの病棟に対象を絞り込んだ上、ベッド搬送となる患者に対し、除外すべき検査項目以外は原則、検査室から病棟に検査装置を運んで検査する。1人で病棟に向かう検査技師の不安を解消する対策も講じた。特定のベテランだけではなく、若手を含む生理検査室全体で病棟業務に関わる新たなアプローチとなっている。 飯塚病院 中央検査部には、病理検査や微生物検査、検体検査、生理検査、特殊分析の各室があり、所属する臨床検査技師は72人。1日400〜600件ある外来採血も検査技師が中心で、職員の力量と患者の採血難易度を5段階で評価しマッチングさせるシステムを企業と組んで開発した。待ち時間平均15分以内、失敗率1%台を維持できているのはその効果だという。 循環器疾患に強い病院の特徴を反映し、超音波検査を担当する18人は大きく、心臓とそれ以外(腹部・血管・体表)の2つの領域に分かれる。通常、病院2階にある生理検査室のブース10室で超音波検査を行うが、ポータブル検査の対象病棟には検査技師が検査装置と共に出向き、ベッドサイドで検査する。 ポータブル検査は、医師から依頼があれば以前も行っていたが、今年1月の拡充以降、対象病棟での件数はそれまでの月13件から月40件(2024年2月実績)に増えた。検査室と病棟の往復に平均24分かかることから、看護師から検査技師へ月計960分のタスクシフトが行われている計算になる。◆TQMの手法を活用 飯塚病院は全国でも数少ない企業立病院の一つで、企業経営の考え方が組織に根付く。医療の質の向上を目指してTQM活動に30年以上前から取り組み、2022年には世界最高ランクのデミング賞を受賞した。 病院は2023年度の事業目標に「医師の働き方改革」を据え、タスクシフト・シェアを推進する方針を掲げた。毎年、病院目標にのっとって院内各部署が事業を立案し実践する。中央検査部は検査部長や技師長ら管理職が中心となり、ポータブル検査の本格実施を部署目標に設定した。 入院患者の生理検査は基本的に検査室で行っている。重症者はベッド搬送となり、病棟と検査室を往復する看護側の負担は小さくない。複数のベッドが検査室に到着すると渋滞の待ち時間が発生し、看護師不在下で患者急変リスクに検査技師が直面する。看護、検査双方の負担が大きく、中央検査部の犬丸絵美技師長は「以前から悩みの種だった」と話す。装置と一緒に検査技師が移動する(写真は検査室に帰着したところ)(左から)井上主任、犬丸技師長、川野副技師長 川野和彦副技師長をトップに、ポータブル検査の推進チームを検査技師13人で組織し、現状の把握と検査上の課題という大きく2つの方向から検討を始めた。活用したのはTQMの手法。実務面の中心になった主任の井上佳奈子氏は、「理路整然と進めたかった。TQMを活用することで理論立てて課題を解決できる」と説明する。TQMでは、数値目標を設定し、取り組みの達成度を後から振り返ることも欠かせない。◆病棟検査の必要度を点数化 全病棟に検査技師が行けるほどの余裕はなく優先順位を付けざるを得ない。どう選ぶか。推進チームは、病棟患者における現状把握を行い、搬送方法やシリンジポンプの有無、酸素投与の有無など9項目を点数化した。自己歩行や車いすで移動可能な患者が多い病棟を除き、合計スコアが高い上位4つの病棟を選び出した。その上で、実際に1カ月間にわたって試験運用し、最終的に、HCU(ハイケアユニット)のある救急系、SCU(脳卒中ケアユニット)のある脳神経系の2つの病棟を選んだ。 検査上の課題もあった。検査室に比べて病棟は照明が明るく、しかも手狭なベッドサイドでは、検査所見の見落としへの不安がつきまとう。多忙な病棟看護師にカーテンを閉めたり体位変更をお願いしたりすることにも戸惑いがある。推進チームがアンケートをすると経験年数にかかわらず75%の検査技師が不安を感じる症例を経験。検査の際、病棟スタッフに協力依頼を言い出せなかった経験のある技師も6割近かった。不安の多くは「明るさ」に起因した。 推進チームは検査技師が抱える不安の要因を洗い出し、解決策を詳細に検討していく。その結果、ポータブル検査できる検査項目や依頼内容を明確化するため「ポータブル検査基準」を作成し、病棟スタッフへの協力依頼項目の一覧を作り病棟看護師と共有した。ポータブル検査から除外すべき項目を下記の通り設定した。【ポータブル検査の除外項目】(検査室での実施が望ましい検査項目)●心エコー=感染性心内膜炎、弁膜症術後、心内血栓(理由:詳細な観察が必要なため)●腹部エコー=腹腔内膿瘍、腸管(理由:見落としやすく数人での観察が必要な症例が多い)●血管エコー=仮性動脈瘤、マーキング(理由:数人の検査技師が必要)●体表エコー=関節(理由:座位での検査が必要、検査できる技師が限られる) その上で、ベッド搬送となる患者に対し除外項目以外は全てポータブル検査を行うと、取り組みの評価基準を設定した。 対策実施後、今年2月の4週間の状況を検証したところ、ポータブル検査の実施件数は、救急系の病棟が19件(心エコー14件、腹部・血管・体表エコー5件)、脳神経系の病棟が21件(14件、7件)となった。期間中、検査室での超音波検査が3件あったが、医師からの指示や転棟途中での立ち寄りによるもので、「ポータブル検査100%」の目標を達成。犬丸技師長は、「除外項目以外のポータブル検査が維持できており、一定の評価をしている」と受け止める。 看護側からも評価する意見が出ている。対象病棟の看護師の77%が「負担軽減になった」と回答し、「常に患者状態を観察できる」「患者対応やケアが行えた」など肯定的な意見が多い。こうした結果から中央検査部では、「看護師のベッド搬送業務をタスクシフトすることで看護業務の充実を図ることができた」と結論付けた。 井上氏は、ポータブル検査に対する看護師の理解が深まったことが一番の成果だと話す。「こうすれば検査技師が楽に検査できるとか、そういう理解が深まった」とし、看護と検査の連携が高まった効果を強調している。◆病棟に活躍の場 これからの展望はどうか。犬丸技師長は、対象病棟の拡大とともに、検査技師による病棟での検体採取を構想している。検体が凝固していたりして再採血になれば患者にとって不利益が生じ、患者満足度を下げる要因になる。血液培養や皮膚などの検体採取を検査技師が担えれば検査の質は向上する。 「検査技師が検査に関して病棟で活躍する場があるように思う。それにより看護側のタスクも減らすことができる」。中央検査部の人員には限りがあり、増員もすぐには難しい。だがタスクシフト・シェアの流れを捉え、検査技師の活躍の場をさらに広げられないか、その可能性を探るつもりでいる。生理検査室の皆さん(MTJ本紙 2024年7月11日号に掲載したものです)