生殖医療へのニーズが高まる中で、30年以上前から臨床検査技師が生殖補助医療に携わっているのが岡山県の大原記念倉敷中央医療機構・倉敷中央病院(倉敷市、1172床)だ。不妊外来の開設時から始まった臨床検査技師のサポートは、今では胚培養士を含めた12人の臨床検査技師による体外受精室の業務として定着した。それぞれの臨床検査技師が日常検査業務も担いながら、ローテーションを組んで生殖補助医療の現場を支えている。
岡山県南西部の中核医療機関である同病院の1日平均外来患者数は約2500人。地域医療支援病院や地域がん診療連携拠点病院、災害拠点病院等の役割を担うほか、救命救急センターとして24時間体制で地域救急をカバーしている。多くの医師、看護師らが幅広い医療機能を支える中で、臨床検査技師は非正規含め185人が所属する。
同病院の不妊外来は1993年に開設され、臨床検査技師は当初1人だったが、1995年に2人体制になって以降、採卵件数の増加等に合わせて段階的に拡充されてきた。現在はタスクシフト・シェアで明確になっている生殖補助医療、胚細胞の操作等を臨床検査技師が担う。
同病院が提供する生殖医療は大きく二つ。タイミング指導や、精子を細いカテーテルで子宮に注入する人工授精(AIH)といった「一般不妊治療」と、配偶子(卵と精子)や受精卵(胚)を体外で取り扱う高度な不妊治療となる「生殖補助医療」だ(図1)。一般不妊治療のうち、臨床検査技師が担っているのが精子濃度や運動率、奇形率などをチェックする精液検査や、精液を洗浄・比重分離して人工授精用の精子浮遊液を作製する作業など。清潔操作やピペット操作などのスキルが求められる業務だ。
一方、生殖補助医療では、排卵誘発後に必要な大きさまで卵胞を発育させた上で、それを体外に取り出す「採卵」の介助や、卵胞液から卵子を探す検卵業務を手がける。卵子採取後の授精作業では、シャーレ内で精子と卵子を受精させる「媒精」や、顕微鏡下で受精させる「顕微授精」を担当する。受精後は1週間程度、胚の観察を行い、妊娠の可能性が高い状態までに発育した胚をいったん凍結保存。内膜周期を合わせた別の周期に子宮に戻す「凍結融解胚移植」につなげるまでの大事な役割を担っている(図2)。
◆採卵日に左右される労働環境
生殖補助業務の大きな特徴は、患者の体内から卵子を取り出した採卵日を起点として、約1週間の胚培養スケジュールが自動的に決まるといった点だ(図3)。採卵し、受精させた翌日からは数日間、胚の培養状況を継続的に観察しながら、良好な胚を慎重に見極めて凍結保存につなげる。この間は夜勤、休日関係なしに観察作業等が発生するため、採卵件数が増えれば、1週間単位の胚培養業務もセットで増えていく。業務全般が妊娠に大きく影響を与えるため精神的なプレッシャーも大きい。
同病院の生殖医療の関連業務件数を見ると、2023年の採卵件数は231件、胚移植は259件で増加傾向が続いている(図4)。日本卵子学会の胚培養士資格を持つ臨床検査技師で、現場リーダーを務める綱島充英氏は、「採卵件数が増えるのに比例して、胚培養に伴う休日出勤も増えていた。臨床検査技師としての日当直業務もある中で、以前は休暇取得での不公平感もあった」と振り返る。労働時間の不規則さ、拘束時間の長さは離職につながる懸念があったという。
◆胚培養士と、サポートする若手人材を育成
こうした状況を改善するため、同病院では2010年ごろから胚培養士資格を持つ臨床検査技師の計画的な育成に着手。また、胚培養士ほどの高度な専門性は持たないが、一般不妊治療や採卵介助であればサポートできる人材育成にも並行して乗り出した。今では、胚培養士5人を含めた12人の臨床検査技師がローテーションで生殖補助業務を回す体制が整う。それぞれの臨床検査技師は、染色体検査や血液検査に携わりながら、当日の採卵予定など業務量に応じて2~3人で体外受精室の業務に入る。現場には生殖補助のコア業務を担える胚培養士と、経験を積む段階にある若手人材がタッグになるよう配置し、次世代を担う人材が育ちやすい業務環境も意識している(図5)。
綱島氏は、「労働時間の不規則さや休日出勤は胚培養業務の課題だが、生殖医療に関する研修を受けた若い世代が応援に入ることで、体外受精室のスケジュール全体を柔軟に管理できるようになった」と説明。その上で「直接、卵子や胚に関わることのない、一般不妊治療や採卵介助業務であれば研修も組みやすく育成しやすい。将来的に胚培養士を目指す際にも、採卵介助などの経験は必ず役立つ」と語る。
◆培養操作やピペット「検査技師の技術を生かせる」
生殖補助業務では、臨床検査技師が持つ技術やノウハウが生かしやすいのも特徴だ。綱島氏と共に現場を支える胚培養士資格を持つ髙原里枝氏は、「培養操作やピペットなど、臨床検査技師が取得している技術を生かせる場面が多い。胚移植時の経腹超音波検査などにも対応できる」と話す。一方、現場で感じる課題としては、「検査技師は教育課程で卵子や精子、胚培養などの知識を専門的に学べていない。基礎知識が乏しいため、生殖に関する新技術への対応にどうしても苦慮するケースがある」ことを挙げる。
綱島氏は、国内での生殖補助医療の現状について、「多くは専門クリニックで行われており、農学系出身の胚培養士も多い。ただ、総合病院で行われる生殖医療では、臨床検査技師が胚培養技術を習得して胚培養士の役割を果たしていくのが現実的と感じる」と話す。その上で「総合病院は臨床検査技師も多く、複数スタッフを教育することで、通常の検査業務も組み合わせながら生殖補助医療に携わることが可能」とみている。
生殖補助のコア業務を担う胚培養士の有資格者は国内1500人程度。都市部への人材偏りや、不規則な労働環境による離職率の高さなど担い手不足は課題となっている。こうした状況下で、地方の総合病院がマンパワーを生かしながら、臨床検査技師を胚培養士として柔軟に機能させている試みは、少子化対策を下支えするアプローチの一つにも見える。生殖補助医療の充実・普及といった社会課題と、臨床検査技師の技術やノウハウがかみ合うことで、未来の活躍の場は確実に広がってくる。
(MTJ本紙 2024年11月1日号に掲載したものです)