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〈サクッと解説〉#02 がん医療提供体制の見直し、検討の背景


  はじめに

 厚生労働省の検討会が昨年12月、地域のがん医療提供体制の見直しについて検討を始めました。85歳以上の高齢者が増加し若年世代が減少する2040年に向けて、持続可能な地域のがん医療提供体制について議論し、考え方を整理する予定です。背景には、厚労省が進める予定の「新たな地域医療構想」や医師の偏在是正対策があります。
厚労省検討会ががん医療提供体制の検証を開始した
厚労省検討会ががん医療提供体制の検証を開始した

これまでの対策

 厚労省は、2007年4月に施行された「がん対策基本法」に基づき各種のがん対策を進めています。がん対策基本法は、基本理念の中で「がんの克服」を掲げ、予防や検診、医療機関の整備、研究開発の推進など、幅広く国や地方公共団体の役割を定めています。また、こうした対策を総合的、かつ計画的に進めるため、国や都道府県に推進計画を策定するよう義務付けています。

 国のがん対策推進基本計画は2007年度に第1期が始まりました。計画が全体目標に掲げた「がんの年齢調整死亡率(75歳未満)の20%減少」は、当初計画から2年遅れで2019年度に達成されました。

 また、全国どこでも質の高いがん医療が提供されるよう、基本計画に基づき全国336のがん医療圏に各1カ所の「地域がん診療連携拠点病院」が整備されてきました。指定のないがん医療圏には、拠点病院よりも要件が緩やかな「地域がん診療病院」を整備できることになっていますが、こうした拠点病院等が1カ所もない空白圏は56カ所(2024年4月時点)まで減りました。

 現在は2023年度から6カ年の第4期計画の最中です。第4期計画は「誰一人取り残さない」という国連のSDGs(持続可能な開発目標)と同じ理念を掲げ、がん検診受診率の目標を50%から60%に引き上げるなどしました。さらに、計画の進み具合を途中で評価するため、「ロジックモデル」という手法を採用したことも注目されました。

均てん化と集約化

◆きっかけは第4期計画

 今回、厚労省が検討を開始した直接のきっかけもこの第4期計画にあります。がん医療の提供について書いた章の中に「医療提供体制の均てん化・集約化について」という項目があり、「取り組むべき施策」として下記が記載されています。

〈取り組むべき施策〉
 国及び都道府県は、がん医療が高度化する中で、引き続き質の高いがん医療を提供するため、地域の実情に応じ、均てん化を推進するとともに、持続可能ながん医療の提供に向け、拠点病院等の役割分担を踏まえた集約化を推進する。
 その際、国は、都道府県がん診療連携協議会等に対し、好事例の共有や他の地域や医療機関との比較が可能となるような検討に必要なデータの提供などの技術的支援を行う。

 都道府県ががん医療の「均てん化」と「集約化」を推進するよう国が支援しますということが書かれています。

 「均てん化」というのは耳慣れない言葉ですが、「均てん」とは「等しく利益にうるおうこと」(大辞林)の意味で、国民が皆等しくがん医療を受けられることを指します。つまり、持続可能な地域の体制を考える上では、「集約化すべきがん医療」と「均てん化すべきがん医療」があり、それを分けて整備していかなければならないということです。

◆がん医療の階層化をイメージ

 集約化と均てん化については、厚労省が昨年12月の検討会に示した資料を見ると、もう少しイメージできるかもしれません。「均てん化・集約化に取り組む医療のイメージ(たたき台)」というタイトルの表を厚労省が示しています(下表)。


 「診断」や「手術療法」「薬物療法」「放射線療法」「その他」のモダリティを横軸に、都道府県レベル、がん医療圏レベル、より多くの医療機関の各階層を縦軸にとったマトリックスの表になっています。「がん医療圏」は、提供体制を考えていく際の基本単位のことで全国に336カ所ありますが、多くは2次医療圏と重複します。

 表には、例えば「手術療法」では「高度な手術」(例:膵頭十二指腸切除術、食道切除術)は都道府県単位、「標準的な手術」(例:乳房切除術、結腸切除術)はがん医療圏単位で整備することが書かれています。

 厚労省は「あくまで事務局(編集部注:事務局とは厚労省のことです)の案」としていて、決まったものではなく、これから関連学会の意見を聞きながら検討を進めていくとしていますが、がん医療の内容が都道府県レベル、がん医療圏レベルなどと階層分けされていくことになれば、それを担う各病院の診療機能や体制も変化せざるを得ないでしょう。

◆沖縄県のケース

 ここで、厚労省の検討会でヒアリングが行われた沖縄県の事例を見てみます。今後全国の都道府県で行われるであろう集約化の議論の先行例といえるからです。

 検討会での説明によると沖縄県では、拠点病院などでつくる県の連携協議会が、がんの診療データを共通のルールで登録する「院内がん登録」の情報を活用してさまざまな取り組みを進めています。

 県内主要医療機関に院内がん登録を始めてもらうための取り組みを2009年に開始し、現在では、9割の治療がカバーされているそうです。こうして集まったデータを集計・分析することで、各医療機関の症例数の多いがん腫や小児・AYA世代がんの症例数、ステージ別の5年生存率などが比較できるようになりました。こうした情報が県民が受診先などを検討する際の参考になり、また各病院にとっても自院の強みを確認する機会になっているといいます。

 さらに興味深いことに連携協議会では、肺や胃、肝臓などの12のがん種の選定条件を決め、該当する病院名をホームページで公開しています。選定条件は、例えば学会認定施設であることや、手術件数や薬物療法の件数が一定以上あることなどです。記載されていない病院であっても患者は自由に受診できるそうですが、やはり患者にとって医療機関を選ぶ際の有益な情報になることは間違いないと思われます。

2040年ごろの社会

◆85歳以上が増加していく

 ではなぜ、こうした集約化や均てん化の議論をいま始めるのでしょうか。厚労省の担当官は、「医師偏在対策であるとか、『新しい地域医療構想』(の報告書)が取りまとめられたとか、そういったところを踏まえて議論した」とし、昨年12月に相次いで発表された2つの施策を踏まえたものだと説明しています。こうした医療制度改革に踏み出そうとする背景には2040年ごろの社会の変化があります。厚労省の別の検討会の報告書から2040年ごろの社会、とりわけ医療を取り巻く社会の姿を拾ってみます。

 全体を通じて浮かぶのは、85歳以上高齢者の救急搬送や在宅医療、介護の需要が増えることです。認知症の患者も増えます。

 85歳以上の急性期の入院は、「食物および吐物による肺臓炎」や「うっ血性心不全」「コロナウイルス感染症」などが多く、手術を要しない疾患が多い特徴があります。厚労省は「若年者と比べ、医療資源を多く要する手術を実施するものは少なく、疾患の種類は限定的」としています。

 またがん患者においても、85歳以上は若年世代に比べ、手術療法や化学療法、放射線治療を実施する割合はいずれも低いことが報告されています(院内がん登録実施施設の集計)。

 こうした患者が増える2040年に向けてがん医療提供体制の検証が必要であることは自明のように思えます。

おわりに

 「地域医療構想」の目標年である2025年を迎えたいま、厚労省が次にターゲットにしているのは2040年です。その社会に適応するための医療制度改革がこれから実施されていきます。がん医療提供体制の見直しもその一環と捉えるべきでしょう。

 検査室の機能は、自院が提供する、あるいは強みとする診療機能によるところが大きく、地域のがん診療体制が集約化されたり均てん化されたりしたときに影響を受ける可能性があります。

 厚労省の検討は始まったばかりで、まだ結論は見通せませんが、自院の診療機能がどのように変化していくのか、自院の診療上の強みはどこにあるのか、これからはじまる大変革時代にむけて検査室もアンテナを高くしていきたいところです。(枇)
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