野坂 大喜(弘前大学大学院保健学研究科/医学部保健学科、弘前大学情報連携統括本部情報基盤センター 兼任)
キーワード
畳み込みニューラルネットワーク
転移学習と強化学習
医療AI構築時にデータの収集と準備の段階で気を付けるべきこととして、公正な予測や判断を行うためにはデータクレンジングとデータの公平性が必要であることを説明してきました。今回は臨床検査分野でも研究が進んでいる医療画像に対してのAI学習手法に焦点を当てます。
◆畳み込みニューラルネットワーク
尿検査、血液検査、病理検査では、顕微鏡観察による日々の形態学的検査が臨床検査技師の手によって行われており、この検査手法は1958年の衛生検査技師制度開始以来大きく変わることなく約65年間続いています。この間、1980年代にはロボット技術や機械学習が発展したことで血球自動算定装置や血液像分類装置など臨床検査の自動化が進み、また、1990年代になると情報通信技術の発展により遠隔病理診断装置が登場しました。情報技術(IT)の急速な発展と共に自動診断技術の実現も期待されましたが、形態学的検査の自動化では技術的な壁をクリアできずにいます。
従来、臨床検査室で使用されてきた自動形態解析装置の機械学習は、パターンマッチングを用いた画像認識技術でした。これは画像内の特定のパターンやオブジェクトを検出するための手法で、事前に定義された特徴やパターンを使用して類似度を評価し、画像内の対象を特定します。単純な特徴に基づいて対象物を検出するため工業生産品など同一の形状を検査する上では非常に有効な手段なのですが、複雑な形状や形状の変動が大きいヒトの細胞(特に腫瘍細胞)では十分な精度に至らないことが技術的限界とされていました。
この技術的限界を克服する技術として登場したのが、深層学習法の一つである畳み込みニューラルネットワーク(CNN:図1)です。CNNは画像認識やパターン認識などのタスク(作業)に効果的な深層学習手法の一つで、オリジナル画像をそのまま比較して類似度を評価するのではなく、画像に数学的なフィルターをかけサイズを小さくしながら、対象に含まれる特徴を検出するという手順を踏みます。
この処理を「畳み込み」「プーリング」といいますが、CNNではこれらを何層も積み重ねることで、階層的な特徴抽出が可能となり、最初の層は簡単な特徴を抽出し、後の層ではそれらの特徴を組み合わせて複雑なパターンを認識します。さらにCNNではどの特徴がより重要なのか、学習のたびに各層の重みを調整して予測結果の誤差を最小化し最適解を見つけていきます。これにより高度な画像認識が可能となりました。
現在、空港などでは顔認証が開始されていますが、私たちの顔に変化があっても照合ができるのはこの手法によるものであり、多様な形態変化が生じる血液細胞やがん細胞の鑑別などにも応用され、一部実用化に至った検査装置も登場しています。
◆転移学習と強化学習
CNNによる医療画像認識について述べてきましたが、たとえ効果的な手法であったとしても、一から学習を進めていくのには時間とコストがかかります。そこで時間とコストを低減させるべく登場したのが転移学習で、事前学習した知識や経験を別の関連学習に転用する手法です。
私たちを例にしてドイツ語を学ぶ場合を考えてみましょう。私たちは高校生まで英語を学習していますので、ドイツ語を学ぶ際には英語の知識に倣って学習を進めることができます。人間の学習では新しい知識やスキルを習得する際に、以前の経験や知識を活用することが一般的ですが、同じことをAI学習にも適用したのが転移学習であり、動物、野菜、果物などよくある画像を学習させることで汎用的な画像認識の知識をAIに持たせ、その知識を基に細胞などの学習を効率よく行わせていきます。
一方、強化学習というアプローチ方法もあります。こちらも私たちを例にしてみましょう。あなたは迷路を解く方法を学ぶために何度も試行錯誤を繰り返しています(図2)。迷路の中を進むたびに選択した経路が報酬として与えられ、正しい道を選んだ場合には高い報酬が、間違った道を選んだ場合には、低い報酬が与えられます。1回目は、あなたは迷路をランダムに進むため報酬が得られませんでした。しかし、繰り返し迷路を解くことで報酬を最大にする最適な方法を見いだします。これをAI学習に適用することで最適な行動を学習し、課題を効率的に解答していきます。
このようにAI学習は人間の学習方法を模倣した仕組みとなっており、大量の収集医療画像から特徴を学習し、正確に分類するスキルを獲得します。CNNとは異なる効率性の高い新たな手法も登場していますので、臨床検査でも画像解析技術の進展が期待されています。
※次回(6月27日木曜日配信予定)の臨床検査技師によるAI構築(3)AIはどこで画像を鑑別している? では、「ブラックボックス、説明可能なAI、アテンション」などを解説する予定です。
野坂 大喜
PROFILE |大学病院勤務を経て現職。医用工学・情報科学を専門とし、病理画像診断システムの開発に携わる。大学発ベンチャー取締役の企業経験も有し、現在は医療AI技術や医療VRの研究を進めると共に、AI社会における言語技術教育に取り組んでいる。
Commenti