野坂 大喜(弘前大学大学院保健学研究科/医学部保健学科、弘前大学情報連携統括本部情報基盤センター 兼任)
キーワード
生成AIモデル
敵対的生成ネットワーク
前回まで医療AIの開発に使われているアーキテクチャや学習方法を説明してきました。今回は検査レポートなど文書作成での利用が期待されている生成AI技術、そして画像生成技術である敵対的生成ネットワークを解説します。
◆非定型作業で生きる生成AIモデル
臨床検査室では、自動化された検査装置によって日々大量の検査が行われ、数値データや画像データが蓄積されています。最近は検査データをそのまま報告するだけでなく、“付加価値”を加えることで検査サービスを向上させる取り組みを行っている検査室も多いのではないでしょうか。しかし、より良い検査サービスの提供を行おうとしても、少ない人員では負担が大きくなり、本業の効率性の低下や、インシデントを招く原因にもなります。このような業務上のコンフリクトはいずれの産業においても課題になっています。
検査装置のように同じ手順を単純に繰り返す作業でのロボット技術は非常に有用な手段になりますが、検査レポートなどの非定型的な作業はヒトが手作業で行わざるを得ません。このような非定型的な作業の自動化に利用され始めている技術が“生成AIモデル”です。
生成AIモデルは、ヒトが示した特定の入力データから新しいデータを生成する人工知能の一種です。これまで示してきたAIモデルが「人間から与えられたデータを学習し、そのデータをもとに適切な回答を探して提示する」のを特徴としていたのに対し、生成AIモデルは「AI自身がインターネット上の莫大なデータを学習し、人間が与えていない情報やデータさえもインプットし適切な回答を提示する」ことが特徴です。(図1)
しかもテキスト、画像、音声、動画など、さまざまな形式のデータを生成することができ、クリエイティブな文書、プログラミング、デザインなど特定分野に限らず、幅広い分野に応用されています。将来的には、生成AIがさらに高精度かつ多様なデータを生成する能力を持つことで、新しい技術やサービスが創出されることが期待されています。
◆自然言語処理とChatGPT
自然言語処理(NLP)は聞き慣れないワードですが、自然言語とは私たち自身が普段の会話で使っている言語(日本語や英語など)のことで、自然言語処理は、人間の言語をコンピューターが理解、解釈、生成するための技術です。皆さんがお持ちのスマートフォンには翻訳アプリや音声認識機能などが搭載されているかと思いますが、これらは自然言語処理の代表的な例と言えます。
最近話題になっているChatGPTは、この自然言語処理を使った自然言語生成(NLG)という“人間が書いたようなテキストを生成する技術”で、インターネット上の大量のテキストデータを使って事前に学習されており、人間のように自然な会話を生成する能力を持っています。最新のChatGPTは医師国家試験や臨床検査技師国家試験問題なども解答することができ、正答率も高いことが報告されています。
医療分野では、最初の問診にChatGPTを利用することで、初期の診断やアドバイスを提供して医療機関の負担を軽減したり、患者のフォローアップで、ChatGPTが退院後の患者と連絡を取り合い、回復状況をモニタリングするなどといった活用法が既に行われています。検査室ではデータに対するコメントの付与を行っていますが、ChatGPTを検査システムに組み込むことで、非定型的な業務もまた自動化され、新たな業務を担う時間が生まれていきます。
◆敵対的生成ネットワークの可能性
誰もが自身の顔写真を有名俳優にできる生成AIアプリが話題となっていますが、その技術こそ敵対的生成ネットワーク(GAN)です。GANは生成器と識別器という2種類のAIから構成されており、生成器は識別器を騙すためにどんどんリアルなデータを生成するよう学習します。一方の識別器は、生成器が生成したデータと本物のデータを区別できるように学習します。騙す側AIと見破る側AIが攻防戦を繰り広げることで、最終的に見破るのが極めて困難なよりリアルな偽データを生成できるようになります。(図2)
GANも医療での利用が進められています。例としては、GANによって低解像度の医療画像を高解像度に変換し詳細な診断を可能にすることや、GANを使用して治療のシミュレーションを行い治療の効果を事前に予測すること、実際の患者データを使わずにGANで生成された合成データを使用することで患者のプライバシーを保護しながらデータ解析や研究を行うなどがあります。
検査サーベイランスなどで利用する医療画像は、患者情報保護の観点から利用が制限される場合がありますが、GANを利用することで保護をしつつデータ共有が図れる、稀な症例についてGANで様々な変化パターンを作り出すといった使い方もあります。いずれは疾患から予想される各個人の医療画像を人工知能が生成できるかもしれません。
今回は医療における生成AIモデルの利用にフォーカスしましたが、別な観点では医療職採用も大きな変革を迎えています。生成AIはクリエイティブなテキストを作成するのが得意ですから、小論文や志望理由書の作成で採用側の心に訴える文章を簡単に生成してしまいます。生成AIは非常に便利かつ有用な技術でありますが、本物と区別ができなくなりつつある以上、より一層AIを解釈するスキルが必要とされています。
※次回(8月22日木曜日配信予定)の〈第8回〉血液検査分野における展開 臨床検査室におけるAI利用(1)は、「血液像分類支援、血液疾患鑑別支援、血液算定技術とAIの融合」などを解説する予定です。
野坂 大喜
PROFILE |大学病院勤務を経て現職。医用工学・情報科学を専門とし、病理画像診断システムの開発に携わる。大学発ベンチャー取締役の企業経験も有し、現在は医療AI技術や医療VRの研究を進めると共に、AI社会における言語技術教育に取り組んでいる。