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〈第8回〉血液検査分野における展開 臨床検査室におけるAI利用(1)


野坂 大喜(弘前大学大学院保健学研究科/医学部保健学科、弘前大学情報連携統括本部情報基盤センター 兼任)

山形  和史(弘前大学大学院保健学研究科生体検査科学領域/弘前大学医学部附属病院血液内科)
 
キーワード
血液像分類支援
血液疾患鑑別支援
血球算定技術とAIの融合
 
 これまで4回にわたり臨床検査技師がAIモデル構築を行う際の技術的側面からの説明をしてきました。これまで述べてきた技術を使って医療AIシステム開発が行われ、研究初期段階から実運用段階まで様々な段階のシステムが報告されています。今回は血液検査分野における研究開発動向を紹介します。

◆進展著しい血液像分類支援、血液疾患鑑別支援

 本紙の読者の皆様はご存じの通り、血液像分類は血液疾患の診断や治療経過を把握する上で極めて重要な役割を果たしています。血液像分類自動化技術は1991年にファジー理論による血液細胞分析装置として特許出願され、機械学習を用いた血液細胞自動分類装置MICROX(オムロン社)が登場しました。

 末梢血血液像の顕微鏡目視観察が主だった当時は画期的な自動化技術でしたが、成熟白血球分類は高精度である一方、幼若細胞・反応性細胞に対する検出精度が低く、熟練した臨床検査技師による目視観察もまた必要でした。これは多様な形態を示す血球に対し、パターンマッチングで解決しようとする機械学習方式の限界ともいえます。

 しかし近年、機械学習から深層学習へと置き換わったことで多様な形態を示す白血球の鑑別精度が飛躍的に向上しました。AI方式血液像自動分類装置の代表例がDC-1(CellaVision社)やMC-80(Mindray社)で、芽球や反応性細胞に対して優れた鑑別性能を示していることが報告されています。

 また超深層化やアンサンブル学習など深層学習技術の進展によって幼若細胞鑑別力の高さが明らかとされて以降、骨髄塗抹標本における血液疾患鑑別技術としても臨床応用化すべく数多くの研究が始まっています。対象疾患としては急性骨髄性白血病(AML)や急性リンパ性白血病(ALL)、骨髄異形成症候群(MDS)の顕微鏡画像を用いた血液形態診断補助AI開発が進んでおり、形態鑑別AIのみならず患者予後推定AI技術の研究も行われています。

 我々の研究室では、弘前大学医学部附属病院血液内科と同検査部の協力を得て、多発性骨髄腫(MM)の形態鑑別AIモデルの開発等を進めています。図1はMM患者骨髄塗抹標本に出現したMM細胞像です。芽球タイプのMM細胞の出現は患者予後と強く関連することが報告されていますが、熟練した臨床検査技師であっても鑑別は難しいことから、深層学習による鑑別AIモデル開発を試みました(図1)。
図1:多発性骨髄腫症例における骨髄腫細胞サブタイプ識別AIモデルのイメージ図
 精度評価を行った結果、芽球タイプMM細胞の検出において正確さ98%で鑑別可能なAIモデルであることが判明しています。いまなお骨髄細胞像の分類は熟練した臨床検査技師が行う業務があり、多大な時間と労力を要していますが、AI技術開発が進むことで自動化と高速化が実現され、精度の高い分類が可能となりそうです。また過去の大量の血液疾患データを学習することで、新たな疾患パターンの発見、予後予測、診断の精度の向上も期待できるので、臨床検査技師による付加価値の創出にもAIが一役買うことでしょう。

◆相性が良い「融合し始める血球算定技術とAI」

 読者の皆様はコールター原理を覚えていらっしゃるでしょうか。導電性液体中に浮遊する粒子が小穴を通過する際、電気抵抗の変化に伴って生成された電気パルスが発生し、このパルス数を基に各血球の細胞数を算定したのがコールター原理です。1940年代後半に考案されて以降、血球算定の基盤技術として用いられています。その後レーザーフローサイトメーター技術と融合することで血球算定技術はめざましい発展を遂げ、高精度な血球算定データが手軽に得られることとなりました。

 これに対し、新たな試みがなされたのがAI搭載型血球算定装置です。臨床検査技師の皆さんは学生時代に血球計算盤で実習を行った経験があるかと思います。AI搭載型血球算定装置では血球計算盤に似た専用スライドを用います(図2)。スライド中に一様に広がった血球をスキャンし、得られた画像に対してAIは血球算定と血液像分類を平行して行っていきます。いわば血球算定技術と塗抹標本観察が融合したハイブリッド技術と言うことができるかもしれません。
図2:マイクロ流路式血球スライドによる血球計数装置の概念図
 私たちが顕微鏡観察で血液像分類を行う場合、顕微鏡で高倍率観察する必要がありますが、第5回で述べたように画像認識AIは、〝オリジナル画像をそのまま比較して類似度を評価するのではなく、画像に数学的なフィルターをかけサイズを小さくしながら対象に含まれる特徴を検出〟しますので、我々では目視鑑別できない低い解像度の画像であっても高精度な血球算定結果が得られることが報告されています。血液検査技術とAI技術は非常に相性が良く、次世代型血液算定装置が塗抹標本観察の代替手段となる日も近いのかもしれません。

 このように血液検査におけるAI研究は、血液像分類、血液疾患鑑別、血液算定技術でめざましい進展を遂げています。AIとの融合によって診断精度と検査効率が飛躍的に向上し、臨床検査室においてはさらに高度な血液疾患診断支援が可能となり、早期発見・早期治療に貢献することが期待されます。

 
※次回(9月26日木曜日配信予定)の臨床検査室におけるAI利用~病理検査分野における展開~では、「病理診断支援、遺伝子発現データマイニング」などを解説する予定です。
 

野坂 大喜

PROFILE |大学病院勤務を経て現職。医用工学・情報科学を専門とし、病理画像診断システムの開発に携わる。大学発ベンチャー取締役の企業経験も有し、現在は医療AI技術や医療VRの研究を進めると共に、AI社会における言語技術教育に取り組んでいる。


山形氏

山形 和史

PROFILE |弘前大学大学院医学研究科を修了し、医学部附属病院勤務を経て、現職。専門は血液内科学、血液検査学。日常の診療経験を活かして、臨床検査技師の血液検査部門における自動診断・自動解析、判定困難な症例の解析支援を目的にAIによる業務支援システムの構築について医用工学・情報科学者、臨床検査技師と共同研究を行っている。

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