〈第14回〉音声解析AIが秘める可能性 臨床検査室におけるAI利用(7)
- mitsui04
- 2月21日
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野坂 大喜(弘前大学大学院保健学研究科/医学部保健学科、弘前大学情報連携統括本部情報基盤センター 兼任)
キーワード
注目浴びる音声解析AIモデル
音声で見極める糖尿病診断
他疾患の診断応用の可能性
これまで臨床検査室でのAI利用として、臨床検査技師の皆さんが日常業務で行っている検体検査・生理検査における支援技術に焦点を当てて解説してきました。しかし近年、既存の臨床検査技術の精度向上や判定支援のみならず、今までとは全く異なるアプローチから従来と同様の検査結果を得ようという革新的な検査AI技術を生み出す取り組みが行われています。今回は、音声解析AIによる糖尿病検査を取り上げます。
◆音声解析AIモデルによって臨床検査の代替は可能か?
人工知能(AI)技術の進歩により、臨床検査技師が担ってきた検査業務を代替するだけでなく分析精度も向上できないかという取り組みが進み、AIはより効率的かつ高精度に臨床検査技師の業務を支援できることが明らかになりつつあります。
しかし、われわれが普段取り扱っている患者データはそれだけでしょうか? 患者さんと接することで得ていた生体データ(例えば顔の表情、声のトーン、所作など)は正式な臨床検査データではないがゆえに、「Aさんは最近元気がなさそうだ」など看護記録に記載されることはあっても、これらを客観的検査データとして疾患の鑑別や指標として用いることは行われてきませんでした。
ただ、このような普段の何気ない人間同士のやりとりにも何らかの意味があると考え、これらをAI技術で可視化させて診断につなげようという取り組みが始まっています。その一つが音声解析AIモデルです。音声解析AIモデルとは、患者の発声や会話の特徴を解析し、健康状態や疾患を評価する技術です(図1)。音声にはその人の呼吸、筋肉の緊張、声帯の動き、さらには自律神経の反応などが反映されています。これをAIに学習させることで、さまざまな健康指標を推定しようとする新たな検査アプローチです。

臨床検査は血液検査や尿検査といった生体サンプルの分析を中心に行われ、鑑別診断や治療経過の把握に使われてきました。音声データを解析するAI技術が、こうした従来の検査を補完あるいは代替する可能性が高いことが近年の研究で明らかにされています。すでに神経変性疾患や呼吸器疾患の早期検出、糖尿病の鑑別診断に利用できる可能性があることが示されています。
◆患者音声によって糖尿病を鑑別診断するAI
糖尿病の鑑別診断では、血糖値やHbA1cの測定など血液検査による侵襲的な鑑別検査が必要でした。しかし、最近の研究では、糖尿病患者の音声には独特の特徴が存在することが報告されており、患者の音声データを活用し、糖尿病か否かを自動的に判別するAIが開発されています。
音声解析AIモデルの研究では、研究者たちはまず糖尿病患者と健常者の音声サンプルを収集します。糖尿病患者に特有の音声パターンを特定するために、音声特徴量(音程、音量、振動数、声帯の張り具合などの音声パラメーター)を抽出し、学習を進めることでAIモデルを完成させます。2024年12月に公開されたルクセンブルク保健研究所 (LIH)のディープ・デジタル ・フェノタイピング研究ユニットによる研究報告では、AI技術を用いて2型糖尿病と相関する「音声バイオマーカー」を特定することに成功しています。この研究では米国の600人以上の参加者の音声録音を分析し、米国糖尿病協会(ADA)が広く使用しているリスクスコアに匹敵する予測精度を達成したと結論付けています。このことは、従来、臨床検査技師が検査していた「血液バイオマーカー」を「音声バイオマーカー」で代替できる可能性が非常に高いことを意味しています。
音声解析による糖尿病の診断が実用化されれば、血液を採取することなく、簡便かつ非侵襲的に糖尿病を早期に検出できるようになります。この技術は特に、医療資源が限られた地域や高齢者、採血に抵抗がある患者に対して有用性が高く、糖尿病診断のハードルを大幅に低減する可能性を秘めています。また、音声解析は短時間で行えるため、患者の負担を軽減するだけでなく、医療現場における効率化にも寄与すると期待されています(図2)。このような音声解析AIモデルの研究開発は心疾患予測技術や呼吸器疾患診断技術、うつ病や精神疾患の診断技術へと幅広く進展しており、モニタリング技術としての活用が期待されています。

◆音声解析AIがもたらす未来
音声解析AIモデルは、臨床検査や診断技術の新たなフロンティアとして、さまざまな疾患に対して応用可能です。糖尿病や呼吸器疾患、精神疾患、心疾患、認知症など、多岐にわたる領域で音声データを活用し、AIが診断支援を行う技術が発展しています。今後のさらなる研究と技術の進歩により、音声解析AIは従来の臨床検査手法を補完し、医療現場における診断の精度向上や患者ケアの改善に寄与するでしょう。臨床検査の領域は検体検査や生理検査にとどまらず、新たな対象にも展開していくと考えられます。
※次回(3月27日木曜日配信予定)第15回では、「ポータブル診断AI、網膜検査AI、認知症検査AI」などを解説する予定です。
野坂 大喜
PROFILE |大学病院勤務を経て現職。医用工学・情報科学を専門とし、病理画像診断システムの開発に携わる。大学発ベンチャー取締役の企業経験も有し、現在は医療AI技術や医療VRの研究を進めると共に、AI社会における言語技術教育に取り組んでいる。