神戸 翼(永生総合研究所 所長/臨床検査技師)
今回のキーワード
●診療報酬の役割は?
●政治巻き込む複雑な決定プロセス
●技師目線での改定の捉え方
先月から始まった「医療政策から読み解く『技師の未来』」。第2回の今回は、前回「人口構造の変化編」でも少し触れた、診療報酬について深掘りしていきたいと思います。
◆診療報酬の4つの役割
診療報酬とは、医療機関が医療サービスの対価として受け取る報酬を指します。1点10円で点数化された価格表として全国一律で適用されます。例えば、血液採取料(静脈)は37点となりますが、これは1回実施することで、医療機関として370円の売上につながることを意味します。このような診療報酬は、大きく4つの役割に整理することができます。
1つが「医療サービスの報酬を規定する」ことで、医療サービスの質や量に影響を与えます。例えば、点数が大きければより多くの検査を実施するインセンティブが生まれます。2つ目が「保険医療機関の医業収入を規定する」ことで点数の増減が医療機関経営に直結します。3つ目が「医療資源の配分ツール」としての側面で、例えば、報酬項目として「訪問臨床検査技師体制加算」が仮に新設されたとします。これにより技師1人での検査訪問に点数が付き、在宅医療分野での臨床検査技師の役割が広がります。このように新たな医療提供体制に影響を与えるのも診療報酬の役割です。そして最後4つ目が「国全体としての国民医療費の大きさを調整する」ことで、国の予算(財政)に大きな影響を与えます。
診療報酬というのは、医療機関にとって知らなければ運営できないものとなっており、経営判断の根拠にもなっています。加えて、国にとっては医療政策をどのように推し進めるかの政策誘導ツールとしての側面を持つものなのです。
◆検査業界としての想いを込める
このような診療報酬は2年に1度改定が行われ、さまざまな医療行為の点数が変更されます。また、それに伴って医療提供体制が変わることも少なくありません。そこで気になるのは、その変化がポジティブなのかネガティブなのかという改定結果ですが、それ以上に重要なのは、結果が出る前に臨床検査業界として政府などへの働きかけが行われているかどうかです。
医療政策は、政府や政治家、厚生労働省の官僚だけで決められているわけではありません。患者や医療現場の声を聞き、アカデミアの視点を取り入れ、行政側のスタンスを考慮して進められます。その意味でも、各段階におけるキーマンにいかにアプローチするか、もしくは自分たちがキーポジションに就くかが重要となります。診療報酬改定で言えば、基本方針や点数設定、算定条件等を議論する厚労省の中央社会保険医療協議会(中医協)の委員として臨床検査業界からコミットする、もしくは分科会の委員やスポットでの参考人でもよいので出席し発言していくことが求められます。
また、診療報酬改定では、改定率を決めるのは中医協ではなく財務相と厚生労働相との会合など、政治マターの側面が強いです。その意味でも、検査業界として厚労行政に強い政治家や財務省につながりがある政治家とのコミュニケーションも重要となります。加えて、大きな制度改革を求める場合は、医師会や病院団体との調整が不可欠であり、また検査関連項目を新設で点数付けするのであれば学会等を巻き込んだエビデンス構築や保険点数化前からの現場での実践例が鍵となります。そして、最近では患者にとってメリットがある(医療の質が上がる)という理由だけでは不十分で、コストベネフィットという経済性も求められてきています。
このように、業界や組織として診療報酬改定に積極的に向き合っていくことは、現場で働く臨床検査技師一人一人の仕事内容や給与、検査技師のプレゼンスにも跳ね返ってきます。
◆日常業務での自身の新たな気付きに
検査技師個人として診療報酬に向き合うことは、ハードルが高く感じるかもしれません。ただ、臨床検査の実施料や判断料は、臨床検査に従事する検査技師の人件費、検査機器の減価償却、試薬や医療材料の費用を賄うものです。自分たちが日々実施する検査を自分たちでマネジメントするという意味でも、知っておくと日々の業務にもつながります。
例えば、検体検査の実施料や判断料において、〇カ月に1回まで算定できる規定やそれを越える場合は算定できない項目、減算される項目があります。緊急時や夜間・時間外、乳幼児などへの検査では点数が高くなる項目なども知っておいて損はないと思います。
加えて、自身が役職に就いて、マネジメントを行う場合には、実績管理や評価にも使えます。例えば、検査の実施件数や合計点数、患者1人当たり点数や技師1人当たり点数など、数値に基づく目標設定なども可能です。もちろん検査オーダーは技師側での判断が難しい部分もありますが、医師とコミュニケーションを取り、どのように進めていくのかも臨床検査のプロフェッショナルとしての腕の見せどころです。そのほか、新たな検査導入時の点数(収入)とコストを考えて管理部門へ提案したり、報酬改定を踏まえた検査部門の収益試算などは経営者が求める情報の1つです。
そして、診療報酬改定では、今後の医療の在り方など基本方針が反映されるため、近い将来の医療がどのように変わっていくのかを知ることができます。来年春には、診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬のいわゆるトリプル改定という大きなイベントがあります。ぜひこれを機会に、一度医療機関経営を支えている診療報酬に向き合ってみてはいかがでしょうか。新たな気付きにつながるかもしれません。
(MTJ本紙 2023年10月1日号に掲載したものです)
神戸 翼
PROFILE |慶應大学院で医療マネジメント学、早稲田大学院で政治・行政学を修め、企業、病院、研究機関勤務を経て現職。医療政策と医療経営を軸に活動中。