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〈第8回〉地域包括ケアシステム編


神戸 翼(永生総合研究所 所長/臨床検査技師)

 

今回のキーワード

コミュニティベースのケアシステム

診療報酬改定と地域包括医療病棟の新設

地域という視点を持つ

 

 地域医療構想と並び、医療政策や医療機関経営において中心となる考え方が「地域包括ケアシステム」です。多くの医療機関はこの仕組みを主軸に自院の進むべき方向性を考えています。今回はそんな地域包括ケアシステムについて考えてみたいと思います。


地域包括ケアシステムの変遷


 これまで、日本の高齢者ケアは、家族によるケア、社会によるケア、そして地域によるケアと段階的に変化してきました。元々は自分達の親を自分達で介護するということが一般的だったのです。一方で、介護保険制度の創設によって、介護福祉士を始めとする介護を生業とする職業が社会的に成立し、世の中が大きく変わります。そして、地域というコミュニティをベースに様々な団体や個人が関わっていく仕組み(システム)化が行われ、現在に至っています。


 すでにお気づきの方もいると思いますが、地域包括ケアシステムの発端は介護にあります。政策分野ではよく根拠法という言葉を用いて、法的な建て付けを設計しますが、地域包括ケアシステムという言葉が初めて使われたのは2005年の介護保険法改正で、その後も地域の介護提供体制の中で用いられてきました。しかしながら、医療と介護とで保険制度が別々であるものの、患者や利用者(介護分野では患者とは言わず利用者と言うのが通例)は、地域の中で継続して医療・介護サービスを受けるのであって一体的に考えていくべきものです。その意味でも、はじめこそ介護でしたが、今は医療も含めて包括的にケアしていく仕組みとして取り組まれています。


 このような地域をベースとしたケアを考えていく上で、もう1つ気になる点は地域をどのくらいの範囲で捉えるかです。実は地域包括ケアシステムでは、徒歩30分圏内、いわゆる中学校区程度ということが長らく言われています。これは市区町村単位で整備がされている介護保険事業よりも小さく、さらに医療では都道府県ごとに医療計画を作り、二次医療圏ごとに医療の提供体制を整えていくことを考えると、より細かな単位でのアプローチを意味しています。地域包括ケアシステムでいう「住まい」を中心とした仕組みを作ることは、自治体によるリーダーシップというよりは、地域に根付く医療機関や介護施設などが自ら旗振り役としてネットワークを組むという調整の難しさが予想され、全国津々浦々で全く同じ体制が通用しないことが分かります。つまり、自分達の地域の実情を理解し、関連する団体や個人を巻き込み、自分達の地域に合った高齢者ケアの仕組みを作っていくことが地域包括ケアシステムの本懐なのです。


地域包括ケアシステムが求める病院医療


 地域包括ケアシステムは、住まいが中心となり医療や介護がこれらを支える仕組みです。そのため、地域にある病院も構成要素として重要な役割を担います。もともと、日本の病院は診療所から病床を少しずつ増やし病院となった施設が多く、これが200床未満の中小民間病院が多い日本型医療の特徴を作り上げています。こうして多くの病院が歴史的に地域に密着して医療を提供してきたことは、病院としてのミッションと地域包括ケアシステムの趣旨とが合致しやすく、多くの病院で戦略目標の1つとして掲げられているのにも納得がいきます。


 さて、地域包括ケアシステムの中で病院として役割を発揮するためには、いくつかのポイントがあります。分かりやすいものとしては、地域包括ケアシステムでは高齢者の住まい(在宅)を中心とするため、在宅医療と連携し、在宅患者をスムーズに入院させられる機能を持つことが考えられます。ここに着目し制度化されたのが地域包括ケア病棟で、地域包括ケアを自院の医療として体現している病院の多くが導入しています。さらに、在宅医療を積極的に支援する体制を持つ在宅療養支援病院という施設群も創設され、地域包括ケアシステムが病院の進むべき道標になっていることが分かります。


 そして、今般の2024年診療報酬改定でも大きな変化がありました。それが新たに制度化される「地域包括医療病棟」です。この背景には救急搬送される患者の大半が高齢者となったこと(高齢者救急と呼ばれている)、さらにその多くが合併症を持つため、急性期医療においても早期からリハビリと栄養管理、口腔ケアが求められています。地域の人口構造が大きく変化し、これまで以上に年齢が高く合併症が多い高齢者医療へと変貌してきた現れです。回復期や慢性期の病院はもちろん、急性期や高度急性期の病院までもが、そのあり方が問われています。


地域包括ケア時代における技師の役割


 このように多くの病院では、地域包括ケアシステムを病院経営の重要テーマと位置付けている中、臨床検査技師としてはどのように向き合っていくことができるでしょうか。まず、私がお勧めするのは、地域という視点を持って医療に向き合ってみることではないかと思っています。自施設は地域でどのような立ち位置なのか、そこで働く医療者はどのような役割を担っているのか、臨床検査室はどうかなど、地域住民の安心な生活にどのように貢献しているのかを意識することは、地域包括ケアシステムへの個人的貢献への第一歩ではないかと考えています。


 そして、その延長線上には、臨床検査の知識や技術を持って検査室から一歩踏み出し、自治会活動やボランティア、健康講座の実施、コミュニティナース活動、地域支援員、訪問検査技師など、臨床検査技師だからできる地域活動の実践が待っています。これらは医療従事者としてのモチベーションにも繋がり、地域包括ケア時代における新たな技師像の誕生にも繋がります。システムという言葉が付くと少し距離を感じてしまいますが、地域包括ケアシステムには、臨床検査技師という職種としての可能性と、地域住民そして社会全体からの期待に応えるチャンスが隠されているのではないでしょうか。新たな一歩が次世代の臨床検査技師を生み出すと私は思っています。


(MTJ本紙 2024年4月1日号に掲載したものです)

 

神戸 翼

PROFILE 慶應大学院で医療マネジメント学、早稲田大学院で政治・行政学を修め、企業、病院、研究機関勤務を経て現職。医療政策と医療経営を軸に活動中。

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