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〈第15回〉診断プロセスを変える可能性、臨床検査室におけるAI利用(8)

  • mitsui04
  • 3月21日
  • 読了時間: 5分

野坂 大喜(弘前大学大学院保健学研究科/医学部保健学科、弘前大学情報連携統括本部情報基盤センター 兼任)

 
キーワード
ポータブル診断AI
網膜検査AI
認知症検査AI
 
 前回より検査・診断技術の新展開として、従来検査に替わる検査技術としてのAIを解説してきました。今回はポータブル診断や眼底検査、新たに臨床検査技師業務として加わった認知症検査など、AI技術が臨床検査室での検査・診断プロセスにどのような影響を与えようとしているのかを、さらに解説したいと思います。

◆鼻に綿棒をささなくて良い?

 ポータブル診断AIは、AI技術とモバイルデバイスを融合させることで、従来、大型診断装置や専用分析装置を必要としていた検査を手軽に行えるようにしようとする革新的な技術です。近年は血糖値や心電図測定データ解析のAIモデルをデバイスに組み込み、患者の健康状態をリアルタイムで追跡し、迅速な異常検出を可能とする技術開発も進んでいます。

 これら技術は従来、健康管理の域にとどまっていましたが、AI医療機器として保険適用を受けた技術が登場し始めています。AI搭載インフルエンザ検査機器「nodoca」(アイリス社)が1例です。「nodoca」はAI学習用のデータとして咽頭画像と体温や自覚症状などの臨床情報を用い、RT-PCR検査に基づくインフルエンザの確率を予測するアンサンブルAIモデルを搭載しているのが特徴です。アンサンブルAIモデルとは、正答を得ようとする際に複数の異なるAIモデルや機械学習アルゴリズムを組み合わせることで、単一のAIモデルよりも高い精度を得るAI学習手法の1つです。「nodoca」はインフルエンザ診断において複数の畳み込みニューラルネットワークAIモデルや機械学習モデルを組み合わせることで、1つ1つのAIモデルの弱点を補完しているのです。

 この診断技術の利点は、咽頭専用カメラで喉の奥を撮影するだけで発症後12時間未満であっても十数秒で診断を可能とする点です。簡易抗原検査キットのように高熱になってから測定が必要、PCR検査のように専用装置や検体前処理が必要といった制限から解放されることを意味します。すでに多くの診療所などで運用が始まっており、他のウイルス性疾患に対しても同様のAIモデルが開発されることで、感染症検査は劇的な変化が見込まれます。

眼科で心疾患の検査?

 前回は音声を活用する糖尿病鑑別を解説しましたが、糖尿病性網膜症や緑内障など、視覚障害の原因疾患診断に使われる眼底検査はどうでしょう?

 無散眼での眼底検査は臨床検査技師業務の1つですので、日頃検査に携わっている方もいると思います。眼底検査でも網膜検査AI技術の登場により、診断の精度と速度が大きく向上しています。Googleが開発したAIモデルは、網膜画像を解析することで、糖尿病性網膜症の進行度合いの高精度な診断に成功しています。このAIシステムは、臨床試験において専門医と同等以上の精度を示し、迅速かつ正確な診断を提供することが可能であることが明らかになっています。

 「AI技術を使っても自動化だけ?」と思った皆さま、AI技術が優れているのはここからです。Googleの研究チームでは、さらに深層学習を用いて、網膜画像から心血管リスク因子を推定するAIモデルを開発しています。このAIモデルは、網膜画像を分析することで、年齢、性別、喫煙状況、血圧、心血管イベントリスク(心筋梗塞など)を予測できると報告しています()。眼底検査は単なる視覚障害の検出にとどまらず、心疾患リスクを推定するツールとしても進化しており、眼科検査でなぜか心疾患リスクを指摘されるなど検診・健診業務もまたAI技術により大きく変わる可能性が示されています。

図 検診で心疾患の検査まで
図 検診で心疾患の検査まで

会話で認知症がわかる?

 認知症検査は、医師の働き方改革のタスクシフトに伴い臨床検査技師業務に加えられた検査の1つですが、認知症検査ではどのような新展開が起きているのでしょうか?

 認知症の早期発見は、その進行を遅らせるためにも非常に重要なポイントです。現在は知能評価スケールによる記憶検査や画像診断、血液検査などが行われていますが、AI技術の進展により、これらの方法と組み合わせた新しい認知症検査が登場しています。その1つが音声解析技術を活用した認知症検査AIです。患者の音声データには発話速度、発音の正確さ、文法の複雑さといった認知機能を反映する多くの要素が含まれており、AIにこれらの要素を解析させ、認知機能低下の兆候を捉えようとする検査技術です。発話の微細な変化を識別し、従来の記憶検査よりも早期に異常を発見することができることが報告されています。

 今回示してきた技術はいずれも従来とは異なるアプローチで検査結果や診断結果を得ようとするAI技術です。これらの新技術の実用化が進めば、必然的に臨床検査技師の役割も変化していきます。AIによる診断技術は検査の精度向上に寄与するだけでなく、患者に対する負担を軽減し、診断の迅速化を図るための強力なツールです。ゆえに遠隔地やリソースが限られた地域における医療アクセスを大きく改善する可能性を秘めています。

 一方で、臨床検査技師の高度な知識とスキルも不可欠です。AIの診断結果を正しく解釈し、必要な場合には従来の検査と組み合わせ総合的な判断を下すことが求められます。これらの技術の適用可否を理解し、臨床現場での運用を支えることが、今後の臨床検査技師の重要な役割になってくるはずです。

 
※次回(4月24日木曜日配信予定)の第16回では、「スマートデバイス、スマートホームヘルス、セルフメディケーション」などを解説する予定です。
 

野坂 大喜

PROFILE 大学病院勤務を経て現職。医用工学・情報科学を専門とし、病理画像診断システムの開発に携わる。大学発ベンチャー取締役の企業経験も有し、現在は医療AI技術や医療VRの研究を進めると共に、AI社会における言語技術教育に取り組んでいる。


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