〈第19回〉自然言語処理AIモデルの理解、臨床検査技師による活用法(2)
- mitsui04
- 7月21日
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野坂 大喜(弘前大学大学院保健学研究科/医学部保健学科、弘前大学情報連携統括本部情報基盤センター 兼任)
キーワード
自然言語処理技術
アテンション機構
近年、医療現場ではAI技術の進歩は目覚ましく、臨床検査技師の業務にも大きな変革をもたらしつつあります。今回は、臨床検査技師が生成AIを効果的に活用するために不可欠な自然言語処理の技術的な基礎、特にアテンション機構に焦点を当てて解説したいと思います。
◆自然言語処理技術(NLP)と生成AI
私たちが日常的に使っている言語は、その構造や意味が非常に複雑です。この人間の言語をコンピューターに理解させ、処理させる技術が自然言語処理です。自然言語処理の歴史は古く、初期のルールベースシステムから、統計的手法、そして近年では深層学習を用いたアプローチへと発展してきました。深層学習の発展により、コンピューターはより高度な言語理解能力を獲得し、その応用範囲もまた大きく広がっています。
生成AIモデル、例えばChatGPT、Gemini、Qwenのような大規模言語モデル(LLM)は、この自然言語処理技術の最先端に位置します。これらのモデルは、膨大なテキストデータを学習することで、人間が話すような自然な文章を生成したり、質問に答えたり、要約を作成したりする能力を獲得しています。
◆自然言語処理のプロセス
一般的な自然言語処理の流れを見ていきましょう。
(1)入力と前処理
人間が書いた文章や音声などの自然言語データをコンピューターに入力します。このデータは、そのままでは扱えないため、形態素解析やトークン化といった前処理が行われます。形態素解析では文章を「単語」や「品詞」などの意味を持つ最小単位に分解します。例えば、「私は臨床検査技師です」という文は、「私」「は」「臨床検査技師」「です」に分解され、それぞれに「名詞」「助詞」「名詞」「助動詞」といった品詞が与えられます。日本語のNLPにおいて特に重要なプロセスです。
(2)特徴量抽出
文章や単語を、コンピューターが理解・処理できるように「数字」の形に変換する工程です。コンピューターにとっては「りんご」という言葉も「apple」という言葉も、ただの記号の羅列に過ぎません。そのため「りんご」を「[0.1, 0.5, 0.2]」のような数字の並びで表現し、「みかん」を「[0.15, 0.45, 0.25]」のように表現することで、これらの数字を比較して、「りんご」と「みかん」は近い意味を持つかどうかを数字で判断できるようになります。
特徴量抽出では、「王様 - 男性 + 女性 = 女王様」のような計算ができることがあります。これは、単語のベクトルを足し引きすることで、性別の概念のような抽象的な関係性も捉えられていることを示します。
(3)モデルの構築と学習
抽出された特徴量を使ってモデルを構築し、大量のデータを用いて学習させる工程です。ここで登場するのが深層学習モデルの中でもトランスフォーマーと呼ばれる技術です。その中核にあるのがアテンション機構で、生成AIモデルの性能を飛躍的に向上させたコア技術の一つです。アテンション機構は、文章中のどの部分が、今注目している単語やタスクにとって重要かを、動的に「注意(Attention)」を向けることで判断する仕組みです。
例えば、「彼は顕微鏡で標本を観察している」という文で「彼」が誰を指すかを判断したい場合、アテンション機構は「観察している」や「顕微鏡」といった単語に強く注意を向けることで、「彼」が人間であることが分かるといった具合です。(図)
(4)推論と評価
学習済みのモデルに新しいテキストを入力し、タスクを実行させます。例えば、質問応答であれば質問に答える文章を生成します。生成された結果は、その精度や適切性に基づいて評価されます。
生成AIは、臨床検査技師の業務を強力にサポートするツールとなり得ます。自然言語処理の基礎、特にアテンション機構の理解は、これらのAIモデルを効果的に活用し、その真価を引き出すための第一歩です。今後の医療現場における生成AIのさらなる進化に期待し、臨床検査技師としてその最前線で活躍するための知識を深めていきましょう。

※次回(8月28日木曜日配信予定)の第20回では、「インタープリタビリティ、AI倫理、フェイク」などを解説する予定です。
野坂 大喜
PROFILE |大学病院勤務を経て現職。医用工学・情報科学を専門とし、病理画像診断システムの開発に携わる。大学発ベンチャー取締役の企業経験も有し、現在は医療AI技術や医療VRの研究を進めると共に、AI社会における言語技術教育に取り組んでいる。